2016年のリオデジャネイロ柔道競技(五輪)の代表争いで最後の最後に敗れて、涙を流した新井千鶴。その悔しさをバネにして練習に打ちこんだ結果、2017年のブダペスト世界柔道選手権大会、2018年のバクー世界柔道選手権大会を勝ち、2年連続で世界チャンピオンとなった。リオのときよりも強くなった今、東京五輪(柔道)への出場を逃すわけにはいかない。念願の金メダルを目指して、新井はライバルたちを投げ倒していく。
※2021年7月28日現在
新井 千鶴

- 生年月日
- 1993年11月1日
- 所 属
- 三井住友海上
- 出身道場
- 男衾柔道クラブ
- 出身校
- 児玉高校
- 2017年
-
- 柔道グランドスラム・パリ 70kg級 優勝
- 柔道グランプリ・デュッセルドルフ 70kg級 優勝
- 全日本選抜柔道体重別選手権大会 70kg級 優勝
- ブダペスト世界柔道選手権大会 70kg級 優勝
- 柔道グランドスラム東京 70kg級 2位
- 2018年
-
- 柔道グランドスラム・パリ 70kg級 2位
- 全日本選抜柔道体重別選手権大会 70kg級 2位
- 柔道グランプリ・フフホト 70kg級 3位
- バクー世界柔道選手権大会 70kg級 優勝
- 柔道グランドスラム大阪 70kg級 優勝
- 2019年
-
- 柔道グランドスラム・バクー 70kg級 優勝
- 柔道グランドスラム大阪 70kg級 3位
- 2020年
-
- 柔道グランドスラム・デュッセルドルフ 70kg級 優勝
- 2021年
-
- 東京五輪(柔道) 70kg級 優勝
新井千鶴 とは

2019世界柔道選手権東京大会の女子70kg級代表選手である新井千鶴には、大きな期待がかかっている。2017年、2018年と世界柔道選手権大会で連覇しており、2019世界柔道選手権東京大会にも勝てば3連覇という偉業を果たすのだ。
新井の柔道人生は、決して順風満帆なものではない。立ちはだかる壁を前にして苦しみ、乗り越えてきたのである。
新井が柔道を始めたのは幼稚園の頃。3歳年上の兄と一緒に、地元の男衾柔道クラブに入門したのだが、年上の女の子に囲まれたのが怖くて、わずか1日で辞めてしまった。このときの怖さが新井の柔道人生にとって最初の壁と言えるかもしれない。小学1年生になった新井は、過去の失敗を乗り越えるべく、勇気を出して再入門し、柔道人生を再スタートさせる。
男衾柔道クラブでは基礎をしっかりと学び、特に出足払や送足払、燕返などの足技を徹底的に練習した。現在、新井は足技の巧さに定評があるが、その土台はこの男衾柔道クラブでの練習によって形成されたのだろう。また、幼少期にサッカーをやっていたことも、足技の上達に役立ったと考えられる。

中学時代の新井は環境に恵まれなかった。柔道部に自分以外の女子柔道部員がいなかったため、思うように練習ができなかったのだ。そこで、先輩の通っている高校の柔道部に出稽古に行くなどして、自主的に練習をする。この経験により「自分で考えて柔道に取り組む習慣が養われた」と、新井はのちに語っている。ただ、中学時代の新井は県大会や地区大会では上位入賞するものの、全国大会に進むことはなかった。
高校は埼玉県の児玉高校に進学。中学1年のときに44kg級だった階級は、高校3年になると70kg級まで上がった。技術面でも着実に地力を付け、関東高等学校柔道大会と全国高等学校総合体育大会(インターハイ)柔道競技大会をオール一本勝ちで優勝。「思った通りに動けて、自然に足技を掛けることができて、こんなに効くんだと思うくらいに技がきれいに決まった」と、新井は両大会の優勝について話す。この高校時代の快進撃により、ついに新井は注目選手の仲間入りを果たしたのだ。
高校を卒業して、社会人柔道の名門チームを持つ三井住友海上に入社。社会人1年目は高校時代とのレベルの差を痛感する毎日だった。先輩たちに投げられ抑えられ、練習中に天井を見上げることが日常的になる。それでも、強くなりたいという一心で、通常の練習に加えて居残り練習にも取り組む。社会人レベルの壁を越えるため、新井はもがいたのだ。

三井住友海上女子柔道部には、柳澤久監督が6年がかりで選手を世界一に育てる「6ヵ年計画」という強化方針が創部当初からあった。選手たちはこの方針に則って練習し、その結果、上野雅恵や上野順恵や中村美里などの世界選手権覇者が生まれている。
「6ヵ年計画」は大きく3つのフェーズに分かれている。第1フェーズとなる最初の2年で体力・気力・やる気を育て、第2フェーズとなる次の2年で技術を磨き、第3フェーズとなる最後の2年で精神力を養う。三井住友海上のこうした強化方針により、新井も社会人柔道に適応していき、練習でも次第に天井を見上げる時間が減っていく。社会人レベルの壁を突き破ったのだ。
力を付けた新井は2015年の柔道グランプリ・デュッセルドルフ、柔道グランドスラム東京で優勝し、2016年は柔道グランドスラム・チュメニを制覇。実績を挙げたことにより、2016年のリオデジャネイロ柔道競技(五輪)代表候補として一躍、脚光を浴びることになる。しかし、田知本遥(綜合警備保障:ALSOK)と熾烈な代表争いを繰り広げた末、最後の最後に落選。代表の壁の厚さを思い知らされて、新井はひどく落ちこんでしまう。
それでも、なんとか気持ちを奮い立たせた新井は、次こそ代表の壁を越えるため、より練習に打ちこんだ。その結果、2017年のブダペスト世界柔道選手権大会、2018年のバクー世界柔道選手権大会に勝ち、世界柔道選手権大会の連覇を達成。さらに、2017年と2018年はIJFワールドランキングの年間1位も獲得した。もはや、新井は誰もが認める女子70kg級のトップ選手となったのだ。

新井の強さの秘密は、持ち前の研究熱心さにある。元々、得意な左組みからの内股、大内刈、大外刈などの大技に定評があったのだが、さらに、右組みでも決定力のある技を仕掛けられるように取り組んだ。そうして、どちらで組んでも力を発揮できるようになったのだ。また、不十分な組み手や不利な体勢からも技を仕掛けられるように、払腰や一本背負投などの技も取り入れている。新井は研究を重ねて、技のレパートリーを着実に増やしていった。
3連覇のかかる2019世界柔道選手権東京大会で、新井の最大のライバルとなるのがフランスの若きエース、マリーイヴ・ガイだ。2018年のバクー世界柔道選手権大会決勝では、新井から小外刈で「技あり」を取って先行している。そのあと、内股で「技あり」を奪われて、縦四方固で抑えられて新井が逆転勝ちしたが、どちらが勝ってもおかしくない紙一重の試合だった。
右組みのガイは右手で奥襟、左手で前襟をつかんで引き付け、小外刈、内股などで波状攻撃を仕掛けてくる。一瞬でも隙を見せたら投げられてしまいそうな恐ろしい選手だ。先の世界柔道選手権大会と同じように、決勝のカードが新井対ガイになったとしても不思議ではない。

もう一人、マークしておきたいのがミキハウス所属のジュリ・アルベアル(コロンビア)。世界柔道選手権大会に関しては、2009年ロッテルダム大会、2013年リオデジャネイロ大会、2014年チェリャビンスク大会で3回も優勝している。さらに2012年のロンドン柔道競技(五輪)で銅メダル、2016年リオデジャネイロ柔道競技(五輪)で銀メダルを獲っていることから、実績十分のベテラン選手だ。払腰や小内刈、大内刈などの威力は、30代となった今でも健在である。日本人コーチの早川憲幸氏と二人三脚で王座返り咲きを目指す。
しかし、どんなに強いライバルが出場しても、新井が今大会の大本命なのは揺るがない。今の新井は技術に加えて、心も磨かれているからだ。
現在、三井住友海上女子柔道部の主将を務めていることから、会社の壮行会などで何百人という大勢の前で挨拶をするのだが、緊張しているような様子がまったく見えない。20代にはとても見えないほど、堂々とした姿である。
選手をなかなか褒めることのない柳澤監督も、新井に関しては「どこに出しても恥ずかしくない選手」と太鼓判を押す。新井なら3連覇のプレッシャーにも動じることなく、日本中の期待に応えてくれるだろう。
柔道人生の中で壁を越えるたびに、確実に強くなってきた新井。リオでは越えられなかった「代表の壁」を今度こそ越えて欲しい。そして、その先には夢の舞台が待っている。
※ 掲載内容は、2019年6月30日までの実績とインタビューからの情報になります。
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