増地克之 女子監督
東京五輪(柔道)
インタビュー

増地克之 女子監督|東京五輪(柔道)インタビュー

増地克之 女子監督|東京五輪(柔道)インタビュー

増地克之 女子監督|東京五輪(柔道)インタビュー

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東京五輪2020の柔道で、日本代表選手は階級別と混合団体で計12個のメダルを獲得。その内金メダルは9個にも上ります。手に汗握る試合内容と選手たちの活躍に、日本中が感動しました。
柔道チャンネルでは、女子柔道日本代表監督・増地克之氏にインタビュー。増地克之氏はアジア柔道選手権大会や全日本選抜柔道体重別選手権大会で優勝するなど、好成績を残した人物です。桐蔭横浜大学や筑波大学での指導を経て、女子柔道日本代表監督に就任。選手の意見をしっかり聞く指導で、日本代表女子選手たちを導きました。
インタビューでは、東京五輪(柔道)の振り返りや金メダルを獲得した試合内容などについて語って頂いています。

最高の舞台で結実した「準備力」過去最多に並ぶ6階級でメダルを獲得!

柔道女子日本代表は6階級でメダルを獲得し、うち4階級が金メダルでした。東京五輪(柔道)の結果をどのように捉えていますか。

3個以上の金メダル、全階級でメダルを獲得、そして混合団体戦での金メダルという目標を掲げて東京五輪(柔道)に臨みました。個人戦の金メダル数は目標を上回ることができましたが、全階級でメダルを獲得することはできず、混合団体戦でも決勝でフランスに敗れてしまいました。後味の悪い結果になってしまった、というのが率直な気持ちです。ただ、選手たちは開催延期決定後も目標を見失わず、本番でも開催延期の影響を感じさせることなく、しっかりと戦ってくれました。監督として、選手たちに敬意を表したいと思います。

増地監督は常々「準備力」という言葉を大切にされています。選手たちは延期期間をどう過ごし、どのような心境で東京五輪(柔道)を迎えたのでしょうか。

女子は2020年2月末に代表選手7名が出揃い、「さあオリンピックに行くぞ!」というタイミングで開催延期が発表されました。選手たちにとっては梯子を外されたような感覚と言うか、かなりの動揺があったと思います。ただ、誰一人としてネガティブなことを口にする選手はいませんでした。開催延期をポジティブに捉え、与えられた期間を活用して、ひと回りもふた回りも成長した姿を1年後の東京五輪(柔道)で見せよう、という気持ちで過ごしていたと思います。女子日本代表監督に就任してから「準備力」をテーマのひとつに掲げてきましたが、開催延期発表からの約1年半に、選手たちは素晴らしい我慢強さを発揮して、しっかりと準備をして東京五輪(柔道)を迎えてくれました。

「金メダルは選手たちの努力の賜物」

金メダルに輝いた4名の選手について、五輪までの道のり、試合内容や勝因を振り返って頂けますか。大会2日目、女子では最初の金メダルを52kg級の阿部詩選手が獲得しました。

周囲から確実に金メダルを獲るだろうと見られていましたので、相当なプレッシャーを感じていたと思います。彼女自身も「すごく緊張した」と語っていました。弱冠二十歳という若さで、公言してきた「東京五輪(柔道)で金メダル」という目標を実現させるまでには、色々な苦労があったと思います。勝因は得意技の袖釣込腰が世界から研究される中で、しっかりと「枝葉」を加えて戦えたことだと思います。特にブシャール選手(フランス)との決勝でも決まり技になった寝技の成長が、彼女を金メダルに導いたのだと考えています。パリ五輪で二連覇を目指すと宣言していますし、進化を止めることなく、3年後はさらに成長した姿を見せてほしいと思います。

70kg級では新井千鶴選手が優勝。大会後に現役引退を発表し、五輪金メダリストとして畳を降りることになりました。

新井選手は私が監督に就任してから、2017年、2018年と世界柔道選手権大会を二連覇しました。まさに順風満帆で、このまま東京五輪(柔道)を迎えるだろうと誰もが考えていたと思うのですが、その後は本当に苦しい時期も経験しました。そうした思いのすべてを畳の上で出し切るような試合内容でしたし、彼女の柔道人生の集大成となる金メダルになったと思います。引退を発表して第一線からは退きますが、天国も地獄も見てきた選手ですから、今後は指導者として様々な形で柔道界に携わってほしいと思います。また、柔道日本代表にはまだ女性監督が誕生していませんが、彼女はそれに資する人間性や選手としての実績をかね備えていると思いますので、将来的には女子日本代表監督を目指してもらいたいと考えています。

濱田尚里選手も自身の持ち味を存分に発揮して、78kg級のチャンピオンになりました。

寝技の強みという彼女の武器が、いかんなく発揮された大会でした。世界中から警戒される中でも、寝技で一本を奪い切ることができた要因は、立ち技の強化にあったと考えています。担当の塚田真希コーチ、所属の池田ひとみコーチとともに「立ち技を磨く」という明確な目標を掲げ、しっかりと取り組んできたことが金メダルに結びついたのだと思います。彼女の柔道スタイルを考えれば、十分にパリ五輪を目指せます。今後についてはまだ把握していませんが、3年後に向けても期待したいと思っています。また、濱田選手が東京五輪(柔道)で示してくれたように、女子柔道では寝技が勝敗のカギを握る生命線になってきています。彼女の戦い方を見習い、他の選手たちに寝技の重要性を意識付けていくことも必要だと感じました。

個人戦最終日に登場した素根輝選手も、78kg超級では日本人選手として4大会ぶりの金メダルを獲得してくれました。

素根選手は男女14階級で最初の「五輪内定選手」として、五輪開催を誰よりも待たされることになりました。その間、なかなか試合に出られず、怪我もして、非常に苦しい時間を過ごしたのではないかと思います。78kg超級としては小柄ですが、それを補うだけの技術力、そして練習量が金メダル獲得の大きな要因になったと感じています。こちらがストップをかけるまで練習を止めない性格で、ひたむきな努力の積み重ねが、金メダルにつながったのだと思っています。また、重量級で金メダルを獲ることで、「日本柔道ここにあり」という誇りを示すこともできたと感じています。オルティス選手(キューバ)との決勝はもちろんですが、混合団体戦決勝のディコ選手(フランス)にもしっかりと勝ち切るなど、非常に頼もしい存在でした。彼女もパリ五輪で二連覇を目指すと宣言していますので、3年後はさらなる進化を遂げた素根選手に期待したいと思います。

金メダルを獲得した選手たちには、どのような声をかけましたか。

「本当によく戦ってくれた」と、ねぎらいの言葉だけだったと記憶しています。コロナ禍でいろいろな苦労があった中で、目標を達成できたのは彼女たちの努力の賜物です。一方で、たくさんの方のサポートがあったからこその結果だと思っていますので、これからの柔道生活、またそれぞれの人生において「感謝の気持ちを忘れずに持ち続けてほしい」ということも伝えました。

進化を求め続けて、3年後のパリ五輪へ

収穫も課題も得た東京五輪(柔道)での戦いをふまえ、パリ五輪に向かう日本女子柔道には今後どのような視点、取り組みが必要だと考えていますか。

パリ五輪は東京五輪(柔道)から3年という短い期間で開催されます。リオデジャネイロ柔道競技(五輪)と東京五輪(柔道)で代表選手の顔ぶれがガラリと変わったように、東京五輪(柔道)の代表選手に頼り切ったままでは厳しい戦いを強いられるのは明らかで、各階級で選手層を厚くしていくことが大切だと思います。そしてパリ五輪を目指す選手たちには、新しい技に取り組む、寝技のバリエーションを増やす、組み手を強化するなど、それぞれが進化を求めて戦っていくことが必要になっていくと考えています。

最後に、日本柔道を応援してくれるファンの人たち、そしてパリ五輪に向けて動き出した選手たちにメッセージをお願いします。

東京五輪(柔道)では多くの方に柔道日本代表を応援して頂き、本当に感謝しています。皆様の応援が選手たちの力になったと思っています。我々は東京五輪(柔道)がゴールだとは考えていません。24年のパリ五輪、さらには28年のロサンゼルス五輪に向かって、選手たちは戦い続けますので、この先も引き続き、温かい声援を頂ければと思います。
パリ五輪までに残された時間は、すでに3年を切っています。パリ五輪を目指す選手たちにとっては、一つひとつの大会の重みが増していきますが、結果だけにとらわれることなく、「いかに自分を成長させるか」を考えながら、日々の稽古やトレーニングに励んで下さい。期待しています。

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柔道チャンネル「東京五輪(柔道)」について
柔道に関する情報満載の「柔道チャンネル」。こちらでは、柔道女子日本代表監督・増地克之氏のインタビューがご覧頂けます。増地克之氏は数々の大会で優勝・好成績を収めた人物。桐蔭横浜大学や筑波大学での指導経験を経て、2016年(平成28年)のリオデジャネイロ柔道競技(五輪)後に柔道女子日本代表監督に就任しました。インタビューでは、東京五輪(柔道)の振り返りや金メダル選手の試合内容などについて語って頂きました。柔道ファン必見の内容です。
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