「山下泰裕」(全日本柔道連盟会長)著名な柔道家インタビュー

  

山下泰裕(第2回)

全日本柔道連盟の新会長に就任した山下泰裕氏。柔道創始者である嘉納治五郎が描いた、人づくり・人間教育の柔道を理想に掲げ、2020年東京五輪(柔道)でのメダル獲得を目指しています。
国際柔道連盟の理事、日本オリンピック委員会の理事も兼任し、さらに大きく広がっていく今後のビジョンを山下泰裕氏に伺いました。

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全日本柔道連盟、宗岡正二前会長からの3つの条件

全日本柔道連盟、宗岡正二前会長からの3つの条件

私は4年前(2013年)、次期会長候補の理事選定委員4名の1人として宗岡正二さんに全日本柔道連盟(以下、全柔連)会長就任をお願いに上がりました。一番望ましいのは当時新日鐵住金株式会社の代表取締役会長兼最高経営責任者だった宗岡さんだろうという考えがありましたね。

当時は、とても受け入れてもらえるような状況ではなかったと思います。新日本製鐵株式会社、住友金属工業株式会社という2つのトップ企業が合併したばかりで、責任者として多忙を極めており、会長就任は極めて厳しいであろうとの意識を持ちながらのお願いでした。

忘れられないエピソードがあります。宗岡さんは柔道家だったお父さんに、大学で柔道をやらないのであれば学費は出さないと言われていたそうです。

「正二、義を見てせざるは勇無きなり」。あの世でお父さんに会ったとき、そう言われたくはないと宗岡さんはおっしゃっていました。それを聞いて私は「これで柔道界が救われる」と思ったのを覚えています。

会長に就任するにあたり、宗岡さんには3つの条件を提示されました。ひとつ目は、私が理事を辞めるのではなく、たった1人の副会長として宗岡さんを支えること。

2つ目は、抜本的な柔道界の改革・信頼回復のためにキーパーソンとなる専務理事に、元大阪府警本部長の近石康宏さんを起用すること。3つ目に、助成金不正受給の問題は前体制の問題なので、前体制で片を付けること。この3つを飲めるのであれば検討したいとのことでした。

最終的に宗岡さんには会長の職を引き受けて頂きますが、宗岡会長、近石専務理事、副会長の私という3人のうち、柔道の専門家は私しかいない状況。専門家である私が間違いのない判断をしていかなくてはならないことには不安もありました。

新体制となって

新体制となって

新体制で進めていくうちに、柔道界の改革にはとても時間がかかることが分かってきました。当時私は東海大学の副学長や「暴力の根絶プロジェクト」リーダーも務めていたのです。

私は全柔連の体質だけが問題だったとは考えておりません。以前から他のスポーツ団体にも似たような体質はあったと思います。しかし、それが今の時代と合わなくなってきている。改革に私もかかわる中で感じたのは、真っ当な組織にし、風通しの良い組織にしていくためには、外部有識者の視点が大事だということです。

リーダーシップのある宗岡さんと、辣腕の近石さん。この2人なくして、この抜本的な改革は進まなかったのではないでしょうか。これまで様々な改革を行なってきましたが、その根幹になる部分は理事会・評議委員会の改革にはなかったと思います。

理事会や評議委員会には私も長い間参加していましたが、より活発な議論が行なわれるようになり、外部の視点から様々なご指摘を頂きました。そして2016年には、「スポーツ界の模範となるような団体になられました。素晴らしい活動をされています。」という評価も内閣府の方に頂くことができました。

柔道人だけではとても成し遂げられなかったことだと思います。宗岡前会長には本当に感謝の気持ちしかありません。

継続の必要性

継続の必要性

2001年に「柔道ルネッサンス」という活動が起きました。嘉納治五郎師範が目指した、人づくり・人間教育の柔道を目指そうというプロジェクトです。

その結果、柔道人のマナーやモラルが少しずつ良くなっていきました。しかし、「もう充分良くなった」というような声が挙がるようになり柔道ルネッサンスの活動が終わると、柔道人のマナーやモラルはまたもとの状態に戻っていきました。

宗岡さんを中心にこの4年間様々な改革をしてきました。それによって大きな評価を得ましたが、この動きを止めれば以前の状態に戻ってしまう。改革をさらに前に進めて、柔道界全体に浸透させていく必要があると私は考えています。

そのために、「影響力のある立場にいるのであれば退くべきではない」、そして、過去の苦い経験から「この改革を継続していかなくてはならない」という気持ちになりました。

また、私はこれからも外部有識者の協力が柔道界を引っ張っていくために大事だと考えています。

過去には、「女子柔道がこれだけ栄えてきているのに、組織に女性を登用することが少なすぎる。そのことを真剣に検討する場を設けてはいかがですか?」という提言を受けて、女子柔道振興特別委員会が立ち上がり、様々な提言が実現化されています。

そして2017年4月に女子柔道振興特別委員会は、特別委員会から専門委員会となりました。柔道を経験している識者の方々と、柔道を経験していない識者の方々。柔道の専門家が中心となって頑張っていくことはもちろんですが、影響力・発言力のある外部有識者の方々とも協力しながら、柔道界を引っ張っていきたいと思います。

会長として目指す柔道の形

会長として目指す柔道の形

私は、柔道を通じて学んだことは社会に生きると思っています。嘉納治五郎師範がなぜ柔道を創始したのか。柔道を通して目指したものは何なのか。また、なぜ柔の道と名付けたのか。その原点の部分は大事にしていきたいです。

練習を通して磨き高めた心身を柔道だけに活かすのではなく、社会生活・日常生活・人生にも活かしていく。そのことによってより良い社会が作られていくと思います。

嘉納師範の言葉を借りるのであれば、「世を補益する」。それこそが柔道の目的なのではないでしょうか。「柔道は単なるスポーツではなく、哲学だ」、「柔道を通して学んだことはすべて今の自分に生きている」。私が親しくさせて頂いているロシアのプーチン大統領もこう言っていました。

嘉納治五郎師範の言葉は柔道人みんなが知っていることなのですが、問題は実践しているかどうかです。これから先も世界の頂点を目指して頑張っていくことに気を緩めませんが、それと同時に、礼節を重んじ、品格のある柔道界にしていきたいと考えています。

私の中学時代の恩師、白石礼介先生は「道とは何か」ということをよく話してくれていました。

「みんなは道場ではきちんと挨拶ができる。しかし、柔道が柔の道になるのであれば、みんなは両親や先生、先輩、仲間にもきちんと挨拶ができて、初めて人生に活かしたことになるだろう。

俺の話も真剣に聞ける。高い目標にも努力できる。自分を律しながら仲間と力を合わせて、戦う相手にも敬意を払うことができる。これを日常生活に当てはめていけば、誰もが人生の勝利者になれるのだよ。道場と日常生活、人生はつながっているよ。」

これはまさに嘉納師範の目指した柔道の姿です。私は白石先生に出会って変わることができました。

勝負も大事、誰だって目標があるから頑張ることができる。しかしそれと同時に、柔道で大事にしていることを普段の生活に活かしていけば、人間的にも成長していける。

指導者や役員、選手たち、その他の柔道関係者の行動を見て、柔道をやったことがない方々に「柔道って単なるスポーツではないよね。柔道って人づくり・人間教育だよね。」と思ってもらえるような、そんな柔道界にしていければと思います。

暴力の根絶プロジェクト

暴力の根絶プロジェクト

私自身にも足りないところがたくさんありますが、柔道を通して学んだことが私という人間の大きな背骨です。連盟の責任ある立場にある人、子どもたちに影響力のある指導者に賛同してもらい、一緒に協力し合っていけたら良いですね。

私も60歳になりました。60年生きてきて培ってきた自分なりの価値観もあります。1、2回人の話を聞いて、「なるほど」と思っても、1日経てばもうもとに戻っている。これが普通なのです。

「勝たなければ価値がない、勝つことがすべてだ」あるいは、「多少暴力を使っても教育するためには必要なこと」という思いを持った人たちが、私の話を聞いて「なるほど」と思っても、人は簡単には変われない。だから繰り返し呼びかけながら、少しずつ賛同者を増やしていかなければいけません。

「1、2回熱く訴えかければそれで分かってもらえる。分かってもらえたらその人の考え方が変わって、行動が変わる」などという甘いものではないのです。「私の人生を賭けた戦い」記者会見でこう表現したのは、このような考えがあるからこそです。

信頼を得るには一歩一歩の積み重ねが大事ですが、失うのは一瞬。「新規の入門者がありません」、「子どもたちが下を向いています」、「1日も早く子どもたちが柔道を志せる柔道界にして下さい」。一時期私のところにも、子どもたちを教える現場の先生方からこういった声が届いていました。

この声をきっかけにして「暴力の根絶プロジェクト」を立ち上げることになります。子どもも大人も含め、柔道関係者が胸を張って「私、柔道をやっています」と言えるような柔道界を、みんなで力を合わせて作っていきたいですね。

国際柔道連盟理事として取り組んでいくこと

国際柔道連盟理事として取り組んでいくこと

私は国際柔道連盟(以下、IJF)の理事も務めています。2017年のルール改正の議論を含め、日本は世界から発言が求められてきました。

日本の発言が全体の決定に影響を与えることも少なくありません。そういった意味では、世界の柔道が正しい方向に発展していくために、一定の役割・責任は果たしていかなければならないと考えています。

その一方で、日本の方々には理解して頂きたいこともあります。それは「IJFの理事が日本の利益のためだけに発言する立場ではない」ということです。

日本からの立場だけで発言をするのであれば、世界からの信用は得られません。どうすれば世界の柔道が発展し、柔道経験者が増えていくのか。そういった視点を持って発言しています。

また、現場の指導者、現場の選手の立場を無視してしまわないことも、IJFの理事としての役割だと思っています。彼らの声が世界の柔道の中枢に届くように、現場のことを常に考え、大事にしていきたいと思っています。

国際貢献・交流への取り組み

国際貢献・交流への取り組み

柔道を通じた国際貢献も今後はさらに大事にしていきたいです。柔道は日本で生まれ育ったもの。使っている言葉はすべて日本語だし、柔道着を着て裸足で畳の上に立ち、日本式の礼をします。

今日では日本でも畳を使う機会、着物を着る機会が減りました。しかし柔道は、それだけで日本の伝統文化の体験ができるのです。柔の心、和の心が世界に浸透していけば、柔道だからこそできる国際貢献になると思っています。

2015年頃からは全柔連でも国際貢献活動に取り組んでいます。外務省や現地の日本大使館、国際協力機構、国際交流基金の方たちとかかわりながら、日本で使われなくなった畳や柔道着を、発展途上国へと送っています。

また、日本は2016年のリオデジャネイロ五輪(柔道)で良い成績を収めました。このことから、「日本の指導者が欲しい」という声も様々な国から挙がっています。今の仕事を離れて現地へ行くと、日本へ戻ってきたときに仕事の不安があるなど、簡単にはいきませんが、柔道だからできる国際貢献としてこのようなことにも取り組んでいます。

2017年5月の香港アジア柔道選手権大会(中国)のときには、アジア柔道の発展に関する前向きな議論を行ないました。アジアの国は2016年リオデジャネイロ五輪(柔道)でたくさんのメダルを獲りましたが、その半分以上は日本のもので、メダルを獲る国も限られています。

このことについてみんなで協力して、もっとアジアの国が世界の舞台でメダルを獲得できるように、また、なかなか世界の舞台に選手を派遣できないような国でももっと柔道が親しまれるように、ともに議論して行動を起こそうといった意見が挙がりました。

これからは各地の大会のあとにアジアの国々で合宿をしていこう。アジアの国同士で協力し合って、各国の選手強化につなげていこう。こういった話が活発にやり取りされています。

世界の柔道の発展にとって日本は欠かせない存在ではないかと思います。日本との関係を求めている国々とは連携して、柔の心、和の心を世界に広げていく。これもこれから取り組みたいことのひとつですね。

外務省に届く海外からの国際交流のリクエストでは、今、柔道に関するものが多いそうです。これも柔道の素晴らしさだと思います。世界の舞台で素晴らしい試合をして、国民に夢や感動、希望を与える。柔道を通じて、少年少女の育成や国際交流ができる。

最近は国際交流にかかわっている学生たちの意識も随分変わってきています。柔道を通じて海外とかかわりを持ちたいと思う学生が増えてきました。全柔連の会長、IJFの理事、両方の立場を活かしながら、みんなで活動を広げていきたいと思います。

2020年東京五輪(柔道)への想い

2020年東京五輪(柔道)への想い

2020年東京五輪(柔道)では、男女団体戦が正式種目となりました。柔道の団体戦というのはとても盛り上がるもので、日本だけではなく、世界にとって柔道団体戦が導入されることは悲願だったんです。

これによって柔道も、陸上や水泳、体操といった他のスポーツと同じように、1人で複数のメダルを獲得することが可能になりました。2020年東京、日本武道館という舞台で行なわれる最終日の団体戦はとても盛り上がるでしょうね。しかしそれだけに、選手には大きなプレッシャーがかかると思います。

1964年に柔道が正式種目に採用され、その最終日に日本柔道がアントン・ヘーシンク選手(オランダ)に敗れた。このことによって「柔道は日本だけのものではないのだ」と世界に認識され、世界への門戸が開きました。

その五輪(柔道)が再び日本に戻ってくる。最終日の団体戦で日本柔道が再び沈むのか、それとも大歓声に沸くのか、今は本当に楽しみです。

柔道を志す方へのメッセージ

柔道を志す方へのメッセージ

私としては2016年リオデジャネイロ五輪(柔道)の倍の金メダルを獲得したいと考えています。日本で最高の舞台を迎えられるというだけで幸せなのに、そこにかかわることができる、さらに選手として戦えるのは最高に幸せなことではないでしょうか。

3年後の今頃はもう日本の代表も決まって、最後の調整合宿の頃でしょうね。多くの柔道関係者にこの夢を目指して欲しいですし、この夢に人生のすべてを賭けて欲しいと思います。

「人づくり・人間教育は分かるけど、それはきれいごと。勝たなければ意味がない。」とよく言われますが、本当の勝利は目の前の勝利ではなく、人生の勝利にあると私は思います。

世界の頂点を目指していくときに、人生の勝利を目指して人間的にも成長していく選手のほうがもっと勝てるチャンスが広がっていく。世界の頂点を目指すこと、柔道を通じて人間的に磨き高まっていくこと、これを両立したほうがさらに目標へと近づける。二者択一ではなく、この両面でチャレンジしていって欲しいと思います。

インタビュー:2017年6月

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今回は著名な柔道家インタビューとして、山下泰裕氏にお話を伺いました。2013年、日本柔道界の苦難の時期を乗り越え、全日本柔道連盟会長へと就任した山下泰裕氏。宗岡正二前会長のもと、副会長として携わった抜本改革の中では、外部有識者の声の重要性に気付いたと語ります。理想に掲げるのは人づくり・人間教育の柔道。それは柔道創始者である嘉納治五郎が目指した柔道でもあります。「ただ勝つだけではなく、人間的にも成長していくことで、さらに強くなることができる。」山下泰裕氏率いる全日本柔道連盟は、柔道にかかわる人すべてと協力し合いながら、2020年東京五輪(柔道)でのメダル獲得を目指しています。
著名な柔道家、山下泰裕氏のインタビューを柔道チャンネルでお楽しみ下さい。

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