著名な柔道家インタビュー

  

上野雅恵1/2

 
   

アテネオリンピック、北京オリンピックと大会二連覇を達成した上野雅恵さん。
そんな上野雅恵さんに柔道との出会いやオリンピックでのエピソード、これからの活動等を中心にお話を伺いました。

   
 

柔道漬けの毎日

上野雅恵

私は北海道旭川市の出身ですが、2歳ぐらいのときに同じ北海道の湧別町に引越しました。引越した先で両親が柔道の町道場を開き、子供達に柔道を教えていたため、私もその道場で柔道を遊びながら習っていたのが、柔道を始めたきっかけです。

本格的に始めたのは6歳頃です。その頃髪の毛を伸ばしていたのですが、突然、「明日から本格的に柔道をやるから」と母に言われ、祖母に無理やり髪を短く切られ、幼心にショックだったことを覚えています。

自宅から道場は離れているのですが、両親が道場にいるので、学校から帰ってきたらまず道場へと、柔道が生活のサイクルの一部となっていました。

当時は、とにかく柔道においては父がスパルタでした。ただ、父はキャンプが好きだったので、週末は北海道各地のキャンプ場に家族で行ったり、町道場の人達と行ったりとイベントが多く、それが気分転換となり柔道を続けることができました。その後、両親の都合で旭川市にまた戻りました。

柔道で家族がひとつに

上野雅恵

旭川市立六合中学校時代の恩師である中野先生の勧めと、父の出身校という理由で、公立の旭川南高等学校に進学しました。高校の女子柔道部は、マネージャーを入れて12名。私以外の部員はみんな白帯の素人でしたが、部員が一生懸命練習しており、練習内容も良かったので入部することに決めました。

3年生のインターハイ団体戦・北海道予選のときは、上位に入賞するくらい強くなっていました。他にも強豪校が多く出場しており、準決勝まで行ければ良いほうと言われていましたが、優勝することができたんです。その後の全国高等学校総合体育大会(インターハイ)柔道競技大会では、初戦で敗退してしまいました(笑)。

高校を卒業し、創部8年目の三井住友海上(旧:住友海上)に入社し、午前は仕事、午後は柳澤久監督の下で練習に励みました。その後、二人の妹達も同じ高校を卒業し、同じ三井住友海上に入社しました。 今も、両親が応援してくれているし、姉妹とも所属先が一緒と、家族が柔道を通じてひとつになっていることが、今まで、柔道を続けてきて良かったと思っています。

二連覇をした世界柔道選手権大会

上野雅恵

シドニーオリンピックでは体重管理ができなかったため痩せ過ぎてしまい、70kg級で出場したのに当日66kgしかなく、スタミナ不足で三回戦敗退。その失敗をしないようにと反省し、落ち込んだ気持ちを切り替えて出場したのが、世界柔道選手権ミュンヘン大会でした。

それまでは器械を使ったサーキットトレーニングが中心でしたが、ウェイトトレーニングを行なったり、体幹を鍛えたり、器具に柔道衣を着けて引っ張ったり、捻ったりと柔道の動きをトレーニングに採り入れました。その結果、シドニーのときとは全然筋肉の付き方が変わり、優勝することができました。

二年後の世界柔道選手権大阪大会では、原因は分からないのですが、直前にものすごく気持ちが落ち込んでしまい、練習中に周りの人達がビックリするくらい、泣いてしまいました。ですが、泣いたら心が物凄くスッキリし、そこから何か吹っ切れたように練習に打ち込め、大会に臨むことができました。

試合中はものすごく冷静に対応でき、負ける気が全然しませんでした。自分が自分で無いような不思議な感覚で試合をし、優勝することができた大会でした。

リラックスして挑んだオリンピック

上野雅恵

アテネオリンピックでは、代表もコーチも個性的で大変仲が良く、みんなで金メダルを獲りに行くと一致団結し、気合充分で試合に臨めました。選手の部屋は二人部屋で、私は後輩の横澤由貴(アテネオリンピック 52kg級銀メダル)と一緒でしたね。

選手村では各部屋が分かれており、リビングルームもあるのですが、そこで日本から持って行ったお笑いのDVDを皆で観たり、お菓子を食べながら談笑したりと、リラックスしていました。今もお笑いは好きで、特にピースの又吉さんがお気に入りです。

北京オリンピックのときは1日オフの日があり、街を散歩したり、買い物したりしていましたね。中国の街は日本と違い面白かったのが印象的です。人通りの多い場所は、すごく綺麗に整備されているのに、路地裏に入るとギャップが激しく驚きました。その日はオリンピックの開会式だったのですが、路地で地元の方がテレビを囲んで開会式を観ていて、私もその輪の中に入って観ていました(笑)。

選手村では、いろいろな国のメニューがあり、食べることができるのですが、私は、毎日北京ダックばかり食べていました。このようにリラックスして挑んだ結果、オリンピックでも二連覇を達成することができました。

新たな順恵の柔道スタイル

上野雅恵

2011年の世界柔道選手権フランス大会では、妹の順恵が出場したので、現地まで応援に行ってきました。決勝戦の相手は地元フランスのエマヌ選手。大会会場は、想像以上のすごいアウェイな雰囲気で飲み込まれそうでした。

結果は、ゴールデンスコアの末、判定で敗れ銀メダルでした。地元贔屓を抜きにしても、審判任せになるとどっちに判定が上がるか分かりませんので、しっかりポイントを取らないと勝てません。

妹の順恵は試合で寝技を使わなく、前から寝技が使えたら良いと二人で話をして、私と練習をしました。今回の大会で勝利した全5試合中3試合が寝技での勝利です。なかなか試合で技を出すには勇気がいりますし、キッカケがないと使えないのが本音です。

大会では銀メダルだったのですが、試合内容や、試合中の姿勢を見ても今までとは違っており、今大会では何かを掴んでくれたので、ロンドンオリンピックに向けて良いステップになったのではないかと思います。

 

インタビュー:2011年9月

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