「角田夏実」著名な柔道選手インタビュー

  

角田夏実

2018年の柔道グランプリ・ブダペストで優勝し、2019年の柔道グランドスラム・パリでは2位を獲得するなど、女子52kg級で目覚ましい活躍が注目されている角田夏実選手。現在に至るまでの経歴や、学生時代にスランプで苦労した過去、同じ52kg級のライバルに対する目標などを語って頂きました。

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父に誘われて始めた柔道

父に誘われて始めた柔道

小学生の頃からマット運動など、体を動かすことが好きだったのですが、小学2年生のときに、柔道整復の専門学校で柔道部に所属していたこともある父に誘われたことが、柔道を始めるきっかけでした。

父は口で説明するよりも、感覚で教えるタイプの人だったので、上手くできないときにはよく言い合いになることもあり、泣きながら練習をしていましたね。

父に教わるとき以外は、八千代警察署で柔道を習っていました。低学年と高学年で分かれて練習を行なうのですが、当時低学年だった私が取り組んだ練習内容と言えば、前転・後転といった簡単なものから、ちょっと打ち込みを行なう程度です。そのため、いきなり厳しい環境で練習するのではなく、他の運動と同じく楽しみながら取り組んでいたと思います。

柔道以外に水泳も習っていたのですが、スタミナはもちろん、肩の筋肉が付いたのも、このとき習った水泳のおかげかもしれません。

しかし、当時は身長も低く体重もなく小さかったので、階級区分が少ない小学生の試合では、周りから「よく柔道をやっているね」と驚かれることもありました。

悔しさをバネに、柔道に取り組むと決めた中学時代

悔しさをバネに、柔道に取り組むと決めた中学時代

これまで階級区分がなかったため、階級別で戦える中学生の大会に出場するようになってから、同じ階級の相手なら勝つことができると気付いたので、楽しかったですね。

中学2年生のときに出場した県大会で優勝し、その後全国中学校柔道大会に出場したのですが、1回戦が始まると13秒くらいで負けてしまって、そこで悔しい気持ちを覚えました。

それまでは、体が大きい相手にあたって負けてしまったときは「しょうがない」という気持ちが強かったです。しかし、全国中学校柔道大会で何が起きたのか、どんな技をかけられたのかも分からないまま負けてしまったときに、初めて「もっとしっかり練習しなければ」と感じました。

この試合から私の中の柔道に対する気持ちに火が付き、柔道の強い高校に入って練習したいと思うようになったのです。

柔道のために、中学3年生で転校を決意

柔道のために、中学3年生で転校を決意

私が在学していた中学校は、部員数が少なかったこともあり、もっと練習するために強豪校へ進学したいと考えるようになりました。

中学3年生の10月に転校。両親には手続きや転校に必要な物を揃えてもらうため、苦労をかけてしまいましたね。

両親には、「本当にやる気があるのか」と何度も聞かれ、転校しても、そのあとの道は決して楽ではないと言われたことも印象的でした。実際、学校生活や勉強のカリキュラムも変わり、ついていくのも大変でしたね。

厳しい練習が続いた高校時代

厳しい練習が続いた高校時代

中学とは打って変わって、八千代高校で柔道部に入部すると練習の厳しさに驚きました。朝早く練習のために学校へ行き、そのあと授業を受けて、放課後は夜まで練習の毎日。ただ、八千代高校には色々なところで練習できる環境があり、合宿で大学に行き、現役大学生と練習ができたことは自分にとって大きかったですね。

しかし、合宿中は当然一日中練習になるので、とにかく体力的にきつかったです。あまりにもハードすぎて、「合宿のある夏休みや冬休みなんてなくなれば良いのに」と考えるほどでした。それでも、負けたくないという気持ちは常に持ち続けていたので、がむしゃらに練習に取り組んでいたと思います。

その甲斐あって、高校2年生のときに全国高等学校総合体育大会(インターハイ)柔道競技大会(以下、インターハイ)で3位に入賞したときは、本当に嬉しかったです。3位になれるなんて、自分はもちろんコーチも予想外。準決勝の試合中に、コーチが興奮しながら声を掛けてくれたのを今でも覚えています。

思うように結果が残せず、柔道から離れたいと考えるように

思うように結果が残せず、柔道から離れたいと考えるように

しかし、その次のインターハイから、試合で思うように結果が出せない時期が続いてしまい、だんだん柔道を辞めたいと思うようになりました。

大学への進学を考えていましたが、柔道で大学に行く気はなかったです。しかし両親からは、「柔道など何か目的がなければ大学に行く必要はない。どうしても大学に進学したければ、名門大学でなければだめだ」と言われていました。

インターハイが終わってから受験勉強をしても、とても試験に受かるとも思えなかったし、かと言って柔道は大学ではやりたくない・・・。両親とは意見が合わずに、もめたことを覚えています。

大学で柔道の楽しさを再び知る

大学で柔道の楽しさを再び知る

そんなときに東京学芸大学の監督から、柔道部の強化を始めたばかりなので、入ってもらえないかと声を掛けて頂きました。

これまで色々な大学の話を断っていましたが、東京学芸大学は国立なので、柔道を軽く続けながら勉強もできると思ったのです。そのときは、教員免許を取ろうと考えていました。また国立大学なので、両親を説得しやすかったという面もありましたね。

大学の柔道部に入って1番印象に残っているのは、これまでとは違った自主性を重んじる雰囲気です。一般入試で入学し、勉強の合間に柔道の練習をする生徒も大勢いたので、皆本当に柔道が好きなのだなと感じ、だからこそ自主性を尊重する練習環境が成り立っているとも思いました。

また、練習も少なく休みも結構あったので、大学のOBに混ざって柔術にも参加。私の得意な寝技はこの柔術が深く影響していると思います。

これまでで一番熱くなった団体戦

これまでで一番熱くなった団体戦

大学時代の試合で一番印象に残っているのは、全日本学生柔道優勝大会(女子3人制)で優勝したことです。

3人制は無差別なので、自分よりも大きい選手と対戦することもあります。私は体が大きい選手と試合をするのが苦手ですが、一緒に出場したひとつ上の先輩は、私と同じ52kg級でも、階級の全然違う100kgの選手と戦うのが得意と言っていました。

大会は得意不得意の違う3人で試合に出場。試合の順番や対戦相手も含め、自分達が得意とするタイプの選手とあたり続ける幸運。運も味方につけ、どんどん試合に勝てましたね。

無差別なのに、こんなに上手く得意な相手とあたるものなのかと思うほど。調子も良かったので、団体戦で一番盛り上がれた大会かもしれません。

怪我に悩まされた社会人時代

怪我に悩まされた社会人時代

実は社会人になってすぐに膝の手術を受けています。

大学4年生のときに膝が痛くなり始め、そのまま講道館杯全日本柔道体重別選手権大会(以下、講道館杯)に出場しましたが、膝の影響もあり、結果は初戦敗退。この結果、強化選手から外れてしまいました。了徳寺学園は、強化選手からしか職員を採用しないため、あのときの危機感は、今でも良く覚えています。

今手術をして復帰しても、次の講道館杯で結果を残せるかを考え、最初は手術をせずに練習に参加していましたが、やはり膝が崩れてしまい、諦めて手術を受けたのです。

その後、2015年シーズンの1年間はトレーニングだけ。その頃は「次の職を考えなければ」と思うほど追い詰められていましたね。

強化選手に戻れなければ、仕事も変えなければいけない。もう柔道をする機会がなくなる…。そう考えたときに、あれだけ辞めたいと思っていた時期があった柔道がなくなったら、自分に何が残るのだろうと思ったのです。

そのときに、自分は「本当に柔道が好き」なのだと気付きました。その1年間は「勝ち続ければ、それだけ柔道を続ける期間が延びる」と考えながらリハビリや練習に取り組みましたね。必死の思いがあったからこそ、2016年の講道館杯が優勝につながったのだと思います。

同門相手と戦った2017年ブダペスト世界柔道選手権大会

同門相手と戦った2017年ブダペスト世界柔道選手権大会

2017年のブダペスト世界柔道選手権大会(以下、世界選手権)では、決勝戦で同じ了徳寺学園の志々目愛選手と対戦して負けてしまいましたが、当時2位が取れるなんて思っていなかったので、すごく喜んだのを覚えています。

その後、1位と2位の差がすごく大きいと実感。だんだん悔しさがこみ上げてきました。しかしその反面、自分が世界選手権で2位になれるとは思ってもいなかったので、この称号がかえって自分の中でプレッシャーになってしまったのです。

結局、嬉しい反面、再び柔道をするのが少し嫌になってしまい、今後はどう柔道と向き合っていくべきか考えるようになりました。

柔道が好き

柔道が好き

柔道とどう向き合うか迷い、世界2位のプレッシャーから解放されたのは、2018年2月の柔道グランドスラム・パリ。やっと気持ちが吹っ切れ始め、「自分の柔道をやるしかない」と思えるようになったのです。3月の合宿では、「自分は柔道が好き」という気持ちに。初心に戻ることができました。

2018年の全日本選抜柔道体重別選手権では、完全に気持ちも吹っ切ることができていたので、優勝につながったと思います。

現在の52kg級は阿部詩選手や志々目選手が常にライバル。中でも阿部選手は一歩リードしています。対策としては、得意の寝技以外にも、立ち技でも勝負ができるよう取り組んでいる最中ですね。

今後の目標に向けて

今後の目標に向けて

2019年に開催される東京世界選手権や、2020年の東京五輪(柔道)に出場しようと思うと、4月に行なわれる全日本選抜柔道体重別選手権で優勝することが絶対条件です。

今は、その大会に向けて得意の寝技を鍛えつつ、立ち技でも戦えるように、技のレパートリーを増やす練習を行なっています。ここまで来たからには後悔のないように、気持ちの面でも楽しめるように取り組んでいきたいです。

インタビュー:2019年3月

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今回著名な柔道選手としてインタビューしたのは、女子52kg級にて活躍する角田夏実選手です。幼い頃から体を動かすことが好きで、父に誘われたことで始めたという柔道。中学生のときに敗北を経験したことで柔道にのめり込み、高校時代は過酷な練習をこなしました。一時期は柔道を辞めようと考えるも、大学生になって柔道を楽しく取り組むことが自分らしさだと気づき、社会人になった今もその気持ちを大切に柔道と向き合っています。様々な大会で成績を残し続ける角田選手の幼い頃から現在、これからに至るまでのインタビューをご覧下さい。

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