「田代未来」著名な柔道選手インタビュー

  

田代未来

幼い頃から道場をかけもちして柔道場に通うなど熱心に柔道に取り組んできた田代選手は、現在コマツ女子柔道部に所属し、女子柔道63kg級で活躍されています。2016年のリオデジャネイロ五輪(柔道)にも代表として出場した田代選手の柔道人生についてインタビューしました。

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つらかった小学生時代

つらかった小学生時代

私が柔道を始めたのは、小学2年生のときです。兄が柔道をやっていて、兄の練習を毎日見ているうちに私もやってみたくなり、実家の近くにある高尾警察署で柔道を始めました。そこの先輩の何人かが相武館吉田道場にも通っていて、私も小学3年生から2つの道場に通うようになりました。

柔道の基本は高尾警察署で教えてもらっていましたね。相武館吉田道場での練習は本当に厳しくて、技術面でいろいろと教わりました。

相武館吉田道場には毎日電車で通っていたのですが、毎日電車に乗るのも嫌でしたし、道場の雰囲気もかなり厳しい感じだったので、練習に行きたくなかったのを覚えています。それでも相武館の練習が終わったあとに高尾警察署の練習に行くという日もあり、当時は本当にきつかったという思いしかないです。

道場以外では、父と一緒に走ったり、水泳に通ったりして体力づくりに励んでいました。特に水泳は練習が厳しく、かなり体が鍛えられたと思います。

良い仲間に出会えた中学生時代

良い仲間に出会えた中学生時代

中学校は日本一を目指したいという気持ちで、相武館吉田道場に通っていた人の多くが進学していた相原中学校(神奈川県)に進み、相武館で寮生活。中学からは練習量も増え、長いときでは十時間の練習も通しでやったりしていました。

でもそのおかげで、近代柔道杯や全国中学校柔道大会で優勝できたり、中学女子で史上初となる中学団体3冠(近代柔道杯、全国中学校柔道大会、マルちゃん杯)を達成したり、世界カデ柔道選手権大会や全日本ジュニア柔道選手権大会でも結果を残すこともできたのだと思います。ずっと日本一になりたいと思っていたので、それを達成できたことはとても嬉しいし印象に残っていますね。

3年間相武館で寮生活を送りながらきつい練習に耐えることができたのは、同じ日本一を目指す仲間に出会えたからだと思います。練習は大変でしたが、仲間の皆と毎日修学旅行のように楽しく過ごしていたのは、とても良い思い出になりました。

怪我に苦しんだ高校時代

怪我に苦しんだ高校時代

東京というレベルの高い所で自分を高めたいという思いから、高校は強豪校の淑徳高校(東京)へ進学しました。中学のときに全国大会で優勝して日本一になったことによって、世界一になりたいという新たな目標ができたのですが、高校1年生のときに出場した世界ジュニア選手権大会で優勝したときは、世界に出たいという気持ちがさらに大きくなりましたね。

1年生のときには金鷲旗全国高等学校柔道大会(以下、金鷲旗)でも優勝。しかし、2年生のときの金鷲旗では左膝前十字靭帯断裂という大怪我。高校時代は、その怪我をした試合がすごく印象に残っています。

その時、自分が思い描いていた柔道人生とは少し別の道を歩んでしまったなと思うくらい怪我に苦しみましたが、今思えばその怪我があって今の自分があるので、悪いことばかりではなかったのかなとも思います。

社会人時代

社会人時代

高校卒業後はコマツの所属となったのですが、私の柔道に対する姿勢が周りの先輩方とは比べ物にならず、最初は全然付いていけませんでした。

毎日とても質の高い練習をしていて、厳しい練習にもかかわらず嫌な顔ひとつしない先輩方を見て、自分の意識の低さやレベルの違いを痛感しましたね。私も本当に頑張らなくてはいけないなと思いました。

2014年のグランプリ・ブダペストではIJFワールド柔道ツアーで初優勝をして、チェリャビンスク世界柔道選手権大会でも3位になりました。2015年には全日本選抜柔道体重別選手権大会で優勝、アスタナ世界柔道選手権大会でも3位入賞。その甲斐あって、2016年のリオデジャネイロ五輪(柔道)(以下、リオ五輪(柔道))の代表にも選ばれました。ずっと夢見ていた舞台だったので、世界一になるという夢を叶えたいなと思っていました。

しかしその反面、日本を背負って出場するのだというプレッシャーをすごく感じていましたね。嬉しい気持ちよりも、どうしたら良いのかという不安な気持ちの方が強く、自分に変にプレッシャーをかけすぎてしまっていたな、と今では思います。

その結果3位決定戦で敗退。5位という成績で終わってしまいました。そのときは、何でもうひとつ勝てなかったのだろうと後悔しましたが、今となってはすごく素晴らしい経験をさせて頂いたなと思います。もっと強くなるための試練を、リオ五輪(柔道)で与えてもらったのだと思っています。

いきいきと柔道ができた2017年

いきいきと柔道ができた2017年

リオ五輪(柔道)のあとは、思い切り戦えるように以前から骨がずれるような状態だった左手首の回復に専念しました。その甲斐あってか、国際大会の復帰戦となった2017年7月のグランプリ・フフホトで優勝。そのあとの柔道グランドスラム・東京、サンクトペテブルクで開催されたワールドマスターズ2017でも優勝することができました。

前年の2016年はすごく苦しい年でしたが、復帰した2017年は、柔道ができるということは幸せだなと思える1年でしたね。柔道をすることが楽しい、勝負ができることが楽しい、そして世界の選手とこうしてまた戦えるのが何より嬉しい、と本当にプレッシャーもなく自分の柔道を出し切ることができた1年間でした。本当にいきいきと試合をしていたと思います。

今あるチャンスを物にする

今あるチャンスをものにする

2018年の4月にあった全日本選抜柔道大会では、工藤千佳選手(JR東日本)に内股の技ありで破れて初戦敗退となる悔しい、情けない柔道をしてしまいました。なぜあのようになってしまったのか、まだ気持ちの整理ができていません。本当に自分に活を入れたい試合でしたね。

今回本当に情けない試合をしてしまったにもかかわらず、9月に行なわれるバクー世界選手権の代表に選んで頂いたので、本当に次の結果できちんと恩返しができたらいいなと思っています。

今は「世界で一番になりたい」という気持ちだけを強く持っています。今しかないと自分に言い聞かせて目の前にあるチャンスをひとつも逃がさずきちんと物にしていきたいです。まずは、バクー世界選手権での優勝が第一目標。東京五輪(柔道)はどうなるかまだ分かりませんが、今頂いたチャンスをしっかり物にして、成長していきたいと思っています。

インタビュー:2018年4月

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コマツ女子柔道部に所属し、女子柔道63kg級で活躍している田代未来選手のインタビュー記事です。田代選手は幼い頃から厳しい練習を重ね、中学生のときには中学女子史上初となる中学団体3冠を達成し、ずっと夢見ていた日本一になりました。高校時代には左膝前十字靭帯断裂という大怪我もするも、回復後は変わらぬ強さで様々な大会で結果を残し、2016年にはリオデジャネイロ五輪(柔道)に日本代表として出場。思うような結果とはなりませんでしたが、2017年はグランプリ・フフホトや柔道グランドスラム・東京、ワールドマスターズ2017で優勝するなど勢いを付けました。そんな田代選手が柔道を始めたきっかけや思い出に残っていることなど、田代選手の柔道人生について詳しくインタビューしました。

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