著名な柔道家インタビュー

篠原信一 天理大学准教授&全日本柔道男子ナショナルチーム監督インタビューその1

北京五輪(柔道)(2008年8月)後に全日本柔道男子ナショナルチーム監督に就任した篠原信一氏。先のロッテルダム世界選手権(2009年8月)では「金メダルゼロ」という結果でスタートすることとなってしまいました。

それでも、「今が一番のどん底なので、あとは這い上がるだけ」と、ロンドン五輪(柔道)(2012年)に向け決意を新たにする篠原氏に、全日本男子柔道の現状と今後、そして自身の選手時代についてもお話をお聞きしました。

篠原信一氏

大学1年生のときは毎日泣きながら練習

篠原信一氏大学に入っても、「全国」と名の付く大会で優勝するなんて思いもしなかったですし、ましてや自分が国際大会に出るような選手になるなんて夢にも思わなかったです。
もちろん、全日本選手権もそうですし、世界選手権や五輪もそうです。全日本選手権自体、大学に入ってからはじめて見ましたからね。五輪(柔道)や世界選手権をテレビでやっていても見たことなかったですもん。
高校時代に正木先生から誘われたときも、有井先生から「正木先生は全日本チャンピオンで、世界チャンピオンなんだぞ」と言われてもピンと来なかったです。強いんだろうなくらいで。そういう映像も見たことなかったですしね。本当、そんなレベルでした。

大学1年のときなんて、毎日泣きながら練習してましたよ。天理大学は五輪、世界選手権、全日本選手権、また大学のなかでは団体日本一を目指している大学ですし、全国から強い選手が集まっていましたからね。
同級生のなかでも、私より強いヤツはたくさんいましたから。そういうなかで、毎日投げられ、抑えられ、関節取られ、絞められ、本当に泣きながら稽古していましたよ。


自分からやるようになって練習が変わった

篠原信一氏それでも1年、2年と必死にやって、3年生になるころには、体も大きくなって筋肉も付いて、技もある程度覚えて、はじめて全国と名の付く大会で優勝することができて。
そのへんぐらいからですね、「ああ、俺にもできるな」と「俺もなかなか強いやん」と。全日本、世界選手権、五輪もいけるんちゃうか、みたいな勝手な思い込みをしてね。
そこからですよ、自分からやるようになったんは。それまでは、無理やりやらされた、先生が怖かった、やらないと先輩に怒られる、でしたからね。

でも、特に私生活が変わったわけではないです。ただ、決められた練習時間だけは頑張ろうという気持ちになった。
そうすると、それまで90分を「けっこう長いなぁ」「まだかよ」と感じていたのが、「ええもう終わり?」「あともう10分で終わり?」というように変わったんです。やっぱり集中したら時間の経つのも早いんですよ。
天理大学の練習は、基本90分ですから、時間的にはそう長くありません。そのなかで、立ち技も寝技もやる。今はちょっと違って7分に区切ったりしていますけど、私が現役のころはだいたい90分流しで、一人10分〜15分やったら、勝手に相手を変えながらずっとやっていく、そんな感じでした。


しっかり組んで一本を取る天理柔道

練習のときに常に言われていたのは、「しっかり組んで、しっかり技をかけろ」ということでした。手をちょっと離しただけで、「なんで手を離すんだ。しっかり組んでやれ」「受けるときも、組んで受けろ」と。
腰を切って体をさばくときも、「しっかり組んでおけ。そうしないと、次の技をかけられないだろう」と言われましたし、とにかく、「しっかり組んで一本を取るのが天理の柔道や」というのが先生方の口グセでした。
私も大学に入ったころは、すぐに手を離してましたし、かけるふりだけしたりしてましたから、しょっちゅう注意されてました。
それと、自分がよく言われたのは「組み手が下手くそだ」ということ。他の大学の選手が組み手を切ってきたりするのを、よう捕まえられなくて、どの先生にも言われてました。
ただ、それはなぜかというと、組み合って技をかけ合う、「早く組んでやろうよ」というのが天理の練習ですから、普段の練習では組み手争いはあまりしないわけですよ。そういうところではちょっと、言葉は悪いですけど、古いと言うかですね、そういうところがあるのは確かです。

天理は、私に限らずしっかり持てば、技の切れる選手が多いのはたしかです。ただ、それが結果に出ない。組み手でゴチャゴチャされたりして、ポイントで負けたりすることが多いわけです。天理では「小手先の柔道はするな」「しっかり組んでやれ」と教えられていますからね。
全日本の監督がこんなことを言ったらあかんのかもしれませんが、「汚い柔道をするな」と言いたくなるような選手がいっぱいいますよ。たしかに、私と野村(忠宏)があたったとして、野村に「しっかり組めよ」はないですよ。でも、体格差があってもある程度さばきながら、しっかり組んで一本を狙う。軽量級の野村が重量級の自分を投げにいくぐらいの力を持っていたら強味だと思うんですよ。
特に軽量級は、けっこう組み手争いをして、片手だけ持った状態で技をかけたり、足を取ったりというのが多いですよね。その点、同じ軽量級でも野村はしっかり組むでしょう。これがやっぱり天理柔道のいいところじゃないかと思うんです。「天理柔道、天理柔道」って言っていますけど。本当はこれが正しい日本の柔道ですからね。

大学時代で一番の思い出は団体戦の優勝

篠原信一氏天理大学時代は練習ももちろんきつかったですけど、寮生活がきつかったです。
高校時代までは自宅通いでしたから、掃除とか洗濯とかもやったことなかったですからね。先輩の洗濯もしなくちゃいけなかったですし、お使いやらなんやら、いろいろとやりましたよ。そこをあんまり話しすぎると、天理大学のイメージが悪くなりますから話しませんけどね(笑)。
でも、当時はそれが当たり前で、どこの大学でもそうだったと思うんです。今はそれでは新入生が入ってきませんから、だいぶ変わってきていますけどね。今はコンビニもありますし、自分の好きな物を各自が買って帰って。携帯もありますから、便利でいいんですけど。

私らのころは、洗濯機は全自動じゃなくて二層式でしたし。柔道衣は重いし大きいですから、洗濯機が壊れて、結局、手で洗った物を絞ったり。そういうのがやっぱり大変でした。
「もう、辞めて帰ろうか」と何度も思いましたしね。でも、そういったときに同級生と「もうちょっと頑張ろうや!」と励まし合ったりしたのも、今になればいい思い出ですけどね。
大学時代で一番の思い出は、やっぱり団体戦の優勝ですね。私が3年生のときです。
個人戦で優勝しても、その喜びというのは自分だけなんで3日程で余韻が終わるんですけど、団体戦っていうのは違うんですよ。団体戦で優勝すると、部員全員が盛り上がるので、同級生や後輩と「優勝したし飲みに行こうぜ」となったり、先輩方に「よしじゃあ、飯おごったるわ」と誘って頂いたり。
とにかく長いんですよ、喜びを分かち合う期間が。そういった意味では、チーム全体で盛り上がれる団体戦の優勝はやっぱりいいなと。
だから、私が大学の監督になったときには、なんとか1回、これを学生たちに味あわせてやりたいなと。ただ、それがなかなか難しくて、自分が監督してから優勝してませんけどね…。

今年(2009年)の全日本学生柔道優勝大会は惜しかったんですが(準優勝)、あとひとつ勝てるか勝てないかが、勝負の厳しさだと思うんです。やっぱり何かが足りないんでしょうね。技術的にはいろいろあると思うんですけど。上に上がれば、上がるだけ実力差はなくなってきますから。
そこで、最後に勝つチームと負けるチームの何が違うのかと言ったら「絶対に勝つんだ」という思いだけだと思うんです。そりゃ思いだけでは勝てないですよ。そこで何かと言ったら、その試合までにやってきた稽古の積み重ねなんですよ。「俺はこんなにやったんだから、負けるはずがない」という気持ち。
よく試合前に不安になって、よう頑張るヤツいるでしょう。それは結局、不安やからやるわけなんですよ。調整練習でも長いヤツいるんですよ、全日本のなかでも。それって結局、それまでに十分やってないから不安なんですよ。まあ、一概には言えませんけどね、人それぞれのタイプがありますから。


※2010年1月現在


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