著名な柔道家インタビュー

  

二宮和弘1/2

 
   

モントリオールオリンピックで金メダルを獲得した二宮和弘さん。
そんな二宮和弘さんに柔道との出会いやオリンピックでのエピソード、これからの活動等を中心にお話を伺いました。

   
 

厳しく辛い幼少時代

厳しく辛い幼少時代

私は終戦の次の年の昭和21年生まれで、もっとも食料不足のときでした。父親は身体が小さかったのですが、私は生まれたとき4,500gもあり、周りの子よりもブッチギリで大きかったそうです。

柔道を始めたのは小学校3年生のとき、祖父が柔道をしていたのと、当時柔道は、大きい子がやらされていたというのがきっかけです。

道場では、最初に礼法を習い、その次に受け身を徹底的に習わされ、受け身が完全にできるまでは、他の練習はさせてくれませんでした。

当時は、今みたいに決められた曜日での練習ではなかったので、日曜日以外はほぼ毎日が練習でしたし、受け身は痛くて辛いので嫌な日々でした。昔の指導法なんですが、約半年間、来る日も来る日も受け身ばかり練習させられるんですよ。 でも、柔道の醍醐味はやはり投技だと思うんです。先輩が行なう投技をみると憧れてましたね。

今の子供達であれば、「おもしろくない」とすぐ違うスポーツに移ってしまうので、受け身に対する練習が少なくなっていますが、今思えば、受け身は自分の身を守る柔道の基礎なので、大変重要で、理に適った練習法だった思います。

大人になって分かった親の想い

受け身を半年間習った頃、「やっと技を教えてもらえる」と思ったら、大人達が私達小学生を呼んだのです。

技を教えてくれるどころか、ポンポン、ポンポン投げるんですよ。「技を教えて下さい」とお願いすると、「何を考えとる。お前らは、俺らの技を見て覚えろ」、「技術を盗め」と技を教えて貰えませんでした。 当時は、仕事に関しても手取り足取り指導してくれない、この様な指導方法でしたね。

私は、習い始めたのが11月からだったので寒い時期だったんですよ。九州でも12月に入ると雪も降るし、つららも下がります。当時は今みたいに設備も良くないですし、身体を鍛えることはもちろん、精神の鍛錬でした。

柔道を始めて55年位になりますが、実は、当時一度だけ弱音を吐いたことがあります。そんなに厳しい母親じゃなかったのですが、母親に辞めたいと言ったら怒られて、物差しで叩かれました。

「きついから」、「辛いから」、「痛いから」という理由ですぐ辞めると、将来ロクな大人にならないと思ったのか、厳しく言わなくてはいけないという親の想いがあったんだと思います。 ですが、私も小さかったので、親の想いを納得して練習に行くはずがないですよね(笑)。大人になって、今までの人生を省りみたとき、やっと当時の親の想いを理解することができました。

松本安市先生との出会い

松本安市先生との出会い

高校のときに出場した金鷲旗高校柔道大会(以下、金鷲旗大会)でベスト8に入賞することができました。金鷲旗大会と言っても、現在のように全国から集まる大きな大会ではなく、九州全土と山口県の一部から出場する程度の規模でした。 ですが当時は、九州地区の高校生が全国大会などでトップに入賞する程レベルが高く、金鷲旗大会の試合内容もレベルが高かったのです。

その大会を天理大学松本安市先生がご覧になられておりました。スラッとした体型でスピードのある選手が好きだった先生は、当時186cm・80kgだった私に目がとまり、このご縁からお世話になることになりました。

当時の天理高校、天理大学は日本で一番練習が厳しく、私の周りでも天理大学に進学した人はおりません。 先輩や同僚からは「二宮、天理大学に進学するのか、お前大丈夫か?」と心配された程です。

思い出のホウレン草とレバー炒め

思い出のホウレン草とレバー炒め

大学の練習はきつかったですね。 天理という土地は自然に囲まれており、すぐそばに山とか丘があり坂道がたくさんあるので、その坂を活用した練習を行なっていました。

ですが、一年生のときに貧血になってしまい、松本先生から「血の濃くなる料理を食べなくてはダメだ」と、毎日ホウレン草とレバーを炒めたものを、食べさせて頂きました。

当時は、選手と一年生の有望な選手の合わせて10名くらいが入寮していた「選手寮」と、その他の選手が入寮していた「一般寮」の二つの寮があったのですが、私は体型的に期待されていたのか、「選手寮」に入れて頂きました。

一般寮では、麦ご飯が「盛り切り」なんです。ですが選手寮では、ご飯が食べ放題で、試合前はおかずも豪華なんです。そんななか、さらに私だけにホウレン草とレバーの炒め物が出ていたので、先輩達から妬まれました。食べ物の恨みは恐ろしいですよ!(笑)

おかげで貧血も半年程で治り、松本先生から技について色々教えて頂き、得意だった大外刈にさらに磨きがかかり、いろいろな意味でたくましくなることができました。

永遠のライバル園田との出会い

永遠のライバル園田との出会い

私が就職した福岡県警の同期に園田勇さんがおり、彼は高校の頃、地元九州のスター選手でした。

彼と最初に対戦したのは、高校のときに出場した国体の予選で、組んでアッという間にポンと投げられました。

それから、大学の二年生のときに私が奈良県代表で出場した国体が二度目の対戦でした。 相手が園田さんと聞き、怖気づきましたが実際対戦してみると良い勝負なんですよ。この対戦は引き分けでしたが、どちらかと言うと私のほうが押し気味でした(笑)。

天理大学に入学し厳しい練習のなかで知らないうちに力がついていたんですね。そして、九州選手権で園田さんに勝つことができました。ですので、彼とは一勝一敗一分なんです。

 

インタビュー:2011年12月

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