「永瀬貴規」著名な柔道選手インタビュー

  

永瀬貴規

数々の国際大会で圧倒的な強さを見せつけ、リオデジャネイロ五輪(柔道)男子81kg級では銅メダルを獲得した永瀬貴規選手。
学生時代の印象的なエピソードや、リオデジャネイロ五輪(柔道)に対する率直な思いを語って下さいました。

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勝利する喜びを知った幼少期

勝利する喜びを知った幼少期

親戚が長崎県長崎市養心会少年柔道部という道場で先生をやっていたことと、兄が先に柔道を始めていたことに影響されて、6歳から柔道を始めました。 当時は、道場の先生が怖く、練習で痛い思いをしたりすることが辛くて、嫌々道場に通っていましたね。

それでも柔道をやめなかったのは、試合に出場して優勝できたことがとても嬉しかったからだと思います。「勝利する喜び」を知ってからは「また次も勝ちたい、頑張ろう」という思いが生まれて、柔道を続けることができました。

高校時代の印象的な大会

高校時代の印象的な大会

高校時代に出場した大会で1番思い出深いのは、1年生のときの全国高等学校柔道選手権大会ですね。

決勝戦は終了間際まで私の劣勢だったのですが、残り時間4秒で審判から「待て」が掛かり、試合が止まったんです。もう勝利することはほぼ諦めていたのですが、「それでも最後は技を掛けて終わりたい」と思って出した技が再開直後に掛かり、そのまま逆転することができました。

ここで最後まで諦めないことの大切さを学びましたし、初めて日本一を獲得した大会なので、とても印象に残っていますね。

「夢」が「目標」に変わった大学時代

「夢」が「目標」に変わった大学時代

大学は筑波大学に進学し、2年生のときには講道館杯全日本柔道体重別選手権大会や柔道グランドスラム・東京2013で優勝することができました。 この頃から、リオデジャネイロ五輪(柔道)への出場を意識し始めましたね。

昔から「出場したい」という憧れは持っていましたが、国際大会やシニアの大会で優勝したことで初めて、「夢」が「目標」に変わったんです。試合で結果を出してきたことで自分の意識も高くなっていましたし、そこからは口だけでなく本気で出場を目指すようになりました。

その頃は勢いで試合に勝利している部分もありましたが、徐々に実力や通常時のパワーで勝てるようになり、リオデジャネイロ五輪(柔道)に向けて少しずつ成長できたと思います。

代表入りが決定した瞬間の心境

代表入りが決定した瞬間の心境

リオデジャネイロ五輪(柔道)への出場が決まったときは、「小さい頃から憧れていた舞台に立てる」という素直な嬉しさと、それと同時に「日本代表としてしっかりやらなければならない」という使命感が生まれました。大会に向けて、「しっかり気を引き締めて頑張ろう」と思いました。

リオデジャネイロ五輪(柔道)に向けた強化合宿では、様々な事態を想定した練習を行なっていました。体力トレーニングにしても対戦相手の研究にしても、「色んな場面を想定する」ということを意識していましたね。

リオデジャネイロ五輪(柔道)の初戦から準々決勝を振り返って

リオデジャネイロ五輪(柔道)の初戦から準々決勝を振り返って

リオデジャネイロ五輪(柔道)初戦では、ラースロー・チョクニャイ選手(ハンガリー)と対戦しました。初戦ならではの緊張感で体が固くなり、思い通りの動きはできなかったのですが、なんとか勝利することができました。3回戦のポール・キビカイ選手(ガボン)との対戦では、危なげなく勝利することができました。

しかし準々決勝ではセルジュ・トマ選手(アラブ首長国連邦)と対戦し、有効を奪われて敗れました。 開始直後から、相手のペースで試合が進んでいましたね。自分の思っていた柔道をさせてもらえず、そのまま負けてしまいました。

悔しさの残る「銅メダル」

悔しさの残る「銅メダル」

敗者復活戦からは気持ちが吹っ切れて、自分らしい柔道ができたと思います。3位決定戦ではアブタンディル・チリキシビリ選手(ジョージア)に勝利し、銅メダルを獲得しました。

「初めから自分らしさを出せていれば結果は違ったかもしれません。銅メダルを獲って嬉しいという気持ちはなく、表彰台で他国の選手が金メダルを受け取る姿を間近で見て、ただただ悔しかったです。

試合終了後、井上康生監督からは「勝たせてあげられなくて申し訳ない」という言葉を頂きました。でも井上康生監督やチームの皆さんはすごく良い体制を作ってサポートして下さいましたし、負けたのは私の実力不足のせいだと思っています。勝てなくて申し訳なかったですし、自分の力のなさがとても歯がゆかったですね。

今後の目標

今後の目標

最大の目標は、もちろん「2020年の東京五輪(柔道)で優勝すること」です。

ただしあまり上を見すぎず、今自分にできることをやりながら目の前の大会をしっかりと勝っていきたいと思います。

一つひとつ結果を出しながらステップアップして、「気付いたら4年後に東京五輪(柔道)で優勝していた」というような進み方をしていけたら良いと思いますね。

 

インタビュー:2016年11月

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東建グループがお届けする柔道情報サイト「柔道チャンネル」では、リオデジャネイロ五輪(柔道)を終えた選手・監督のインタビューを一挙公開!今回は、リオデジャネイロ五輪(柔道)男子81kg級で銅メダルを獲得した永瀬貴規選手にお話を伺いました。6歳の頃、親戚と兄の影響で柔道を始めた永瀬貴規選手。はじめは嫌々道場に通っていましたが、大会で優勝したことをきっかけに柔道の楽しさに目覚めます。高校1年生の頃には、全国高等学校柔道選手権大会で優勝。その後も躍進を続け、世界選手権やグランドスラム大会など数々の国際大会で優勝を飾っています。そんな永瀬貴規選手に、学生時代のエピソードやリオデジャネイロ五輪(柔道)での心境、そして今後の目標などを語って頂きました。
柔道好き必見の、永瀬貴規選手インタビュー。ぜひお楽しみ下さい。

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