「松本薫」著名な柔道選手インタビュー

  

松本薫

 

ロンドンオリンピックにて金メダルを獲得した松本薫選手。
中学生の頃に母親と交わした約束や、金メダルを獲得したときの心境についてお話を伺いました。

 

母との約束の場所

母との約束の場所

ロンドンオリンピックの4年前、私は北京オリンピック代表の最終選考だった全日本選抜柔道体重別選手権大会で優勝しましたが、残念ながら代表に選ばれることはありませんでした。

本当に悔しい思いをしましたが、そのときに多くのことを学べたからこそ、ロンドンオリンピックに出場することができたのだと感じています。

あの悔しさからの4年間は、ロンドンオリンピックに賭ける思いが、きっと誰よりも強かったと思っています。

ロンドンオリンピックの代表に選ばれたときは、嬉しさと同時に「やっと本当のスタート地点に立てたな」という気持ちでした。

私がオリンピックを目指すようになったのは、中学生の頃。母親に「オリンピックに連れていく」と約束をしたことがきっかけ。

その約束を現実のものにできた喜びもありましたが、4年間、目標にしてきたのはオリンピックに出ることだけではなく、金メダルを獲ることだったので、「さぁ、ここからだ」という思いが強かったですね。

「闘争心」と「我慢」

「闘争心」と「我慢」

ロンドンオリンピックの代表に選ばれてから本番に向けての調整では、メンタルを鍛えることに重点を置きました。

具体的には「我慢すること」が最大のテーマ。

私は負けず嫌いな性格で、試合前のウォーミングアップ会場で対戦相手を見たときから「絶対に勝ちたい」と闘争心が溢れてくる程。

自分の思い通りに試合が進まないと、もともと攻撃的な柔道がさらに攻撃的になり過ぎてしまうという課題がありました。

相手を見ないでやみくもに技をかけた結果、試合に負けてしまったり、怪我をしてしまったり、「我慢」は自分が最も苦手にしていたことでした。

だからオリンピックまでの間は、闘争心を持ちながらも、「落ち着くこと」、「冷静になること」を常に意識してやってきました。

オリンピックに向けた合宿でも、園田隆二監督からはその部分でアドバイスを頂くことが多かったですね。

この「我慢すること」を実践できたことが、金メダルを獲ることができた一番の要因だったと思います。

プレッシャーを力に変えて

プレッシャーを力に変えて

オリンピックの女子57kg級は、これまでに日本人が金メダルを獲ったことがない階級だということは知っていました。

さらに、直前に発表されたIJFポイントランキングが1位だったことで、周囲からも「期待しているよ」と声をかけられていました。

「プレッシャーは感じなかった」と言えば嘘になります。

ただ、オリンピックという大舞台で戦うことは私の夢であり目標でしたので、「どんなにプレッシャーを感じても、それを力に変えようと」と思っていました。

しかし、オリンピックの会場に入ってからも、やはりプレッシャーを感じ心身ともにピークではありませんでしたが、先に出場した2人の選手の試合結果と言葉を聞いて「自分の柔道をするだけだ」と分かり、プレッシャーをはねのけることができました。

トレーニングや練習はもちろんですが、選手村で同部屋だった中村美里選手とは、一緒にお風呂に入ったり、プールに入ったり、リラックスしながら過ごしていましたよ。

お陰で不安もなく、自信を持ち過ぎることもなく、自然体で本番に臨むことができました。

仲間からの励まし

仲間からの励まし

試合前日までの2日間、女子柔道は期待の高かった48kg級、52kg級でメダルがゼロ。

私はテレビの画面を通して試合を見ていたのですが、負けてしまったときには焦りを感じました。

ただ、福見友子選手と中村美里選手が試合のあとに私のところへやって来て、「最初の金メダルは松本さんだね」と声をかけてくれたのです。

2人の言葉には本当に励まされました。

とは言え、初戦を迎えるまではやはり緊張しました。1回戦で気を付けていたのは試合の入り方だけ。

私は最初の試合に入るとき、気を抜いてポイントを取られてしまうことがあるので、そこで気を抜かなければ勝てる相手と思っていました。

試合は「勝ちたい」という気持ちを出して5分間攻め続けた結果、無事勝利。

勝った瞬間には「まだ次の試合がある」ということしか頭にありませんでした。

2回戦で対戦したキファヤト・ガシモワ選手(アゼルバイジャン)は、昨年二度戦って連勝していました。

ただ、結果的には勝ちましたが、投げられて技ありを取られた試合もあり、決して精神的に優位に立てていたわけではありません。

実際、開始早々に技をかけられて危ない場面もありましたが、十分に予想はできていたので焦りはありませんでした。

園田隆二監督からの「小さくなるな」という声も聞こえて冷静でいることができました。

1回戦を終えて体もよく動く状態になっていましたし、私自身も積極的に技を出せていたので集中して試合に臨むことができました。

2回戦を突破したあとも、1回戦のあとと同じように、すぐに次の試合へ気持ちを切り替えていました。

4年間が凝縮された1日

4年間が凝縮された1日

3回戦の相手は北京オリンピックの金メダリスト、ジュリア・クインタバレ選手(イタリア)。

北京オリンピック後に何度も対戦していましたし、「北京の金メダリスト」だからといって、特別な意識はありませんでした。

試合は身長差があってなかなか組ませてもらえない展開。

でも、事前に予想はできていたので焦りはありませんでした。

むしろ、スタミナに自信がありましたので、やみくもに前に出て長い手足に巻き込まれないように、じっくりと相手を見ながら、相手の集中力が切れて隙を見せたときを狙おうと、冷静に戦うことができていたと思います。

この試合に勝ったあとの気持ちは、1・2回戦のあととは少しだけ違っていましたね。

試合後すぐに園田隆二監督から次の相手はオトヌ・パビア選手(フランス)だと聞かされ、「次が山場になるな」と感じていたので。

私はいつもトーナメント表からは何も予想をせず、目の前の選手と戦うだけという気持ちで試合に臨むのですが、準決勝の畳には、「この戦いに勝たなければ決勝にはいけない。今までの試合とは違うぞ」という意識で上がりました。

準々決勝までよりも、一層「前に、前に」という戦い方になり、相手が警戒してなかなか組ませてくれない状況が続き、試合中はひたすら「我慢」でしたね。

それでも、「我慢」はオリンピックに向けてひたすら頑張ってきたことだったので、試合中に集中力が途切れることはありませんでした。

延長に入ってからも「必ず隙は出てくるから、そこを狙うんだ」という気持ちだけで戦い、その「我慢」があの大外刈りでの有効ポイントにつながったのだと思います。

勝った瞬間は「やっと、ここまで来たな」という気持ちでした。

北京からロンドンまでの道のりももちろん長かったのですが、この日の決勝までの道のりもすごく長いものでした。

今振り返ると、ロンドンまでの4年間と、ロンドンでの1日には同じような重みがありました。

苦しかった4年間がこの1日にすべて凝縮されているという感じでしたね。

畳の上で初めて流した涙

畳の上で初めて流した涙

決勝を迎えるまでの時間には、金メダルのことが頭に浮かんでしまったり、反対にここで負けてしまったらどうしよう、と思ったりしましたが、試合前にはそうした思いをすべて払いのけて、無心で畳に上がりました。

「決勝だから特別じゃなく、落ち着いて、今まで通りに」とつぶやきながら。

決勝の対戦相手のコリーナ・カプリオリウ選手(ルーマニア)は、技の返しがとても巧い選手だったので、中途半端に技をかけたところで切り返されないよう、自分の組み手になるまではどれだけ相手が逃げ回ろうと我慢していました。

途中、押さえ込みでの有効ポイントが取り消されてしまったときも、特に焦りは感じず、「もう一度一本を取りにいこう」と気持ちの切り替えはできていました。

準決勝と同じような試合展開となり、延長に入ったときも落ち着いていて「この3分間ですべてが決まるから、無心でいこう」という感じでした。

まさかあのような形(相手の反則負け)で勝つとは予想していませんでしたが、勝利が決まった瞬間には、今までのことが走馬灯のように流れましたね。

そして、気付いたら園田隆二監督に飛びついて泣いていました。

ロンドンオリンピックまでの道のりは、ずっと園田監督とともに走ってきましたので、自然と体が向かっていましたね。

柔道を始めてから、試合の畳の上で涙を流したのは、あのときが初めてでした。

感謝を学んだオリンピック

感謝を学んだオリンピック

金メダルを首にかけてもらったときは、「やっと金メダルが獲れた」と安堵感がこみ上げてきました。

試合直後は「やった!」という嬉しさが大きかったのですが、表彰式で日の丸が揚がり、君が代が流れたときは「本当に金メダルを獲れて良かった」という安堵感の方が強かったです。

4年間、この舞台で国歌を聞き、国旗を揚げることをずっと想像してきたので、それを現実のものにすることができて本当に良かったです。

どこかで「これは本当に現実なの?」と戸惑いを感じる自分もいましたけど(笑)。

日本に帰国してからは、出発前とは状況がまったく変わっていて驚きました。

現地にいるときも日本でたくさんの方が応援してくれていたことは知っていたのですが、やはり伝わりきらない部分がありました。

銀座でのパレードでは「こんなにもたくさんの方が応援してくれていたのだ」と、すごく感動しましたね。

「オリンピックで金メダルを獲る」という目標に向かって、走り続けてきたこれまでの柔道人生。

練習やトレーニングは辛いことの連続でしたが、頂点に立つことができ、これまでの苦しみがすべて喜びに変わりました。

これまで怪我の多い競技生活でしたが、怪我をするたびに体がどうすればいいのかを教えてくれ、そのたびに一歩ずつ成長することができたと思っています。

そして、怪我をして落ち込んでいるときにも支えてくれ、誰よりも応援してくれた父や母には感謝の気持ちでいっぱいです。

そのサポートに応える意味でも、金メダルを獲ることができて良かったです。

本当にいろいろなことに対する「感謝」の気持ちを学ぶことができたロンドンオリンピック。

金メダルを獲ることができたのは、応援して下さった皆さんのお陰だと実感しています。

また、ロンドンオリンピックで終わりではなく、4年後のリオデジャネイロでは、私にしか権利の与えられていない2連覇に挑戦したいと思いますので、またぜひ力を貸して下さい。

これからも応援を宜しくお願いします。

 

インタビュー:2012年12月

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