「小橋秀規」著名な柔道家インタビュー

小橋秀規

全日本のコーチも務めるALSOK柔道部の小橋秀規監督に、日々の稽古に取り組む姿勢や、「世界」を目標に選手を育てるための指導法などについてお話を伺いました。

憧れの先輩から引き継いだ「監督」

憧れの先輩から引き継いだ「監督」

私は学生時代に、ALSOKの柔道衣を着て活躍する金野潤選手(現・日本大学柔道部監督、以下金野先生)に憧れて入社しました。長く現役を続けられた金野先生とは、同じ選手という立場で一緒に稽古をする機会にも恵まれ、本当にたくさんのことを教わりました。

その後、金野先生は現役を引退。アメリカ留学を経て、監督として戻られたのですが、しばらくして母校に帰られることになりました。そのタイミングが、私が現役を退く時期とほぼ重なり、監督にならないかと声を掛けて頂き、引き継ぐことになりました。

他の実業団チームの監督は、選手としても素晴らしい実績を持った方ばかりですから、最初に声を掛けて頂いたときは、「本当に自分で大丈夫なのか?」という不安な気持ちが強かったですね。しかし、その一方で、せっかく実業団チームの監督になれるチャンスを頂いたのだから、全力で取り組んでみたいという気持ちも強く感じました。

現役時代に実績を残せなかった分、形にとらわれず、柔道を深く学んで「他の監督に負けない指導者になってやろう」と。その気持ちは、今も強く持っています。

感謝の気持ちを忘れず、稽古に邁進

感謝の気持ちを忘れず、稽古に邁進

ALSOKには、創業者が残した、強く、正しく、温かい「武士の精神」と、何ごとにも常に感謝の気持ちを忘れない「ありがとうの心」という2つの言葉があり、柔道部としても大切にしています。

例えば、福岡で行なわれる全日本選抜柔道体重別選手権大会(以下、選抜体重別)のように、柔道の試合は日本各地で行なわれますが、どこに行っても各地域にある事業所の方たちが応援団を結成し、心からの応援で選手たちの背中を押して下さいます。勝っても負けても変わらず応援をして下さる社員の皆さんには、いつも頭が下がる思いでいっぱいです。

また、柔道部の長い歴史のなかで、柔道界に幅広いネットワークが築かれていることもALSOKの特長です。全日本柔道男子井上康生監督(以下、井上監督)をはじめ、大学、高校で指導者をされているOBの先輩方も多く、所属選手へアドバイスを頂けること、また選手のスカウト活動の部分でも、このネットワークは本当に心強い存在です。

歴代の先輩方が作ってくれた土壌や歴史への感謝の気持ち、また、社員の応援に支えられた素晴らしい環境があることへの感謝の気持ちを忘れずに日々の稽古に取り組み、畳の上でも、畳を下りても武士の精神を体現する、「強いALSOK柔道部」を継承していきたいと思っています。

レスリング部との交流

レスリング部との交流

環境に恵まれているという点では、ALSOKには同じ「世界」を舞台に戦うレスリング部があり、吉田沙保里さんや伊調馨さんらオリンピックの金メダリストと交流する機会があります。

彼女たちは現役の世界チャンピオン。常に「世界」を視野に入れて、高い意識を持って競技に取り組むトップアスリートが身近にいるという環境も、他の実業団チームにはない、ALSOK柔道部ならではの魅力だと思います。

先日も一緒に食事をさせてもらったのですが、田知本姉妹(・遥)が、吉田さん、伊調さんからいろいろな話を聞いていました。柔道でも前日計量制が導入されましたが、レスリングではずっと以前から行なわれていますし、調整法など具体的なアドバイスを頂いたようです。

お互いに「世界」を目指すアスリートとして、ある意味ではライバルでもある存在が近くにいるのは、本当にありがたいと思います。

「世界」を目標に努力を重ねる部員たち

「世界」を目標に努力を重ねる部員たち

現在、ALSOK柔道部には9名の選手が在籍し、今年は7名がリオデジャネイロ世界柔道選手権大会の最終選考会をかねた選抜体重別に、日本代表への可能性をかけて出場してくれました。

普段の稽古は、基本的に選手それぞれの母校をベースに行なっています。出社する者、大学院で学んでいる者、選手によって1日のスケジュールは違いますが、週に2度は全選手が集まって合同練習を行ない、各大学へ出稽古に回らせています。

それぞれ出身大学も違い、個性的なメンバーばかりなのですが、他のチームから「ALSOKはチームワークが良いね」と言われるように、皆、本当に仲が良いですね。選手の多くは日本代表クラスで、なかでも同じ100kg級の小林大輔と熊代佑輔は日本代表の座を争う関係でもあるのですが、互いに良いライバルとして刺激を受けながら稽古をしています。

こうしたチームの雰囲気は団体戦でもプラスに働くと思いますし、もちろん個々のレベルアップにも繋がっていると感じています。

目指すのは「そつのない柔道」

目指すのは「そつのない柔道」

指導で心掛けているのは、個々の選手の長所をしっかりと伸ばしていくこと。そして、所属チームで結果を残すことはもちろん、世界で戦えるレベルに引き上げて、日本代表の井上監督のもとに預けられればと考えています。

技術的には、立技から寝技への移行をスムーズに行なう「そつのない柔道」を意識しています。現役時代の井上監督や、ALSOKの現役選手で言えば中矢力福岡政章のような、立技でも寝技でもしっかりと一本が取れる柔道ですね。立技だけで寝技がおろそかになると、どうしても柔道が雑になってしまいますから、選手たちにも常に「立って一本、寝て一本が取れる選手になりなさい」と言っています。

今年の全日本柔道選手権大会で、小林は残念ながらベスト8に終わりましたが、寝技で2試合一本を取りました。ALSOK柔道部が目指すスタイルが、少しずつ浸透しているという実感はあります。これからも「そつのない柔道」を追い求めていきたいと思います。

理想の指導者像

理想の指導者像

監督として私自身が理想としているのは、個々の選手に合ったスタイルを的確に見極め、それをシンプルに伝えられる指導者。そして、強くなるためのポイントを分かりやすく伝えられる指導者です。実業団には軽量級から重量級まで、様々なタイプの選手がいます。それぞれの選手にはどんなスタイルが合うのか、どういう技をプラスしていけば勝てるようになるのかを常に考えています。

当然ですが、実業団に集まっている選手の多くは実力を持った選手たちです。ただ、だからといって見守るだけではなく、実業団の監督だからこそより細やかに観察し、気付いたことを分かりやすく指導することで、世界の舞台で戦える強い選手を育てて行きたいと私は思っています。

現在、活躍されている指導者にも様々なタイプの方がいます。どういう言葉で、どのタイミングで、どういう方法で説明をすれば選手に伝わりやすいかなど、私自身も貪欲に話を聞く姿勢を心掛けています。自分に分からないことを聞くことは、恥ずかしいことではありません。自分自身が謙虚に学ぶことで、より良い指導法を見付けて、選手たちに還元していきたいですね。

また、生田秀和コーチ(以下、生田コーチ)と塚田真希コーチの存在も、大きな支えになっています。現役時代に実績を残せなかった自分にとって、オリンピックの畳を踏んだ経験、日本一になった経験を選手に伝えてもらうなど、両コーチには私に足りない部分をしっかりと補ってもらっています。

代表での経験を所属チームに還元したい

代表での経験を所属チームに還元したい

全日本柔道連盟強化委員長の斉藤仁先生からお話を頂き、全日本チームの強化にもコーチとして携わらせて頂いていますが、勉強になることばかりですね。

これまでは所属チームの監督として観客席から応援していましたが、今年のリオデジャネイロ世界柔道選手権大会(以下、世界選手権)では、控え室でのウォーミングアップから選手を見守ることができました。まだまだ戦力にはなりきれていませんが、全日本で指導されている先生方の考え方や指導論を吸収し、幅広い視野で柔道について勉強したいと思います。

また、現在のALSOKの選手たちの多くは強化指定選手ですから、所属と日本代表での指導に関する大きな違いは感じませんが、日本代表での経験を所属に持ち帰り、常に世界を意識させて、対外国人という部分でも、常に高い意識を持たせて指導に当たりたいと思っています。

選手と喜びを共有できることが、指導者のやりがい

選手と喜びを共有できることが、指導者のやりがい

現役時代を振り返ると、今も強く心に残っている試合が2つあります。ひとつ目は、金野潤先生(以下、金野先生)と東日本実業柔道団体対抗大会の決勝で対戦させて頂いたことです。憧れの方と畳の上で向かい合って、全力で胸を借りられたのは本当に嬉しかったですね。結果は引き分けだったのですが、金野先生は優しい方なので、きっと力を加減して下さったのだと思います(笑)。

2つ目は、井上康生監督(以下、井上監督)や生田コーチが入社した年に全日本実業柔道団体対抗大会(以下、実業柔道団体)で初優勝したこと。この2つはとても印象に残っていますし、ALSOKに入社して良かったと思った試合でした。もちろん、指導者として初めて実業柔道団体に勝ったときもそうだったのですが、やはり皆で喜びを共有できることがスポーツの良いところですよね。

指導者としても、やはり選手たちと一緒に日々の稽古に取り組み、試合に勝って泣き、負けて泣いてという経験を共有できることは大きなやりがいです。選手たちにとって実業団の時代は、小さな頃から明け暮れてきた柔道人生の集大成の時期だと思います。その時期を共有できることが私にとっては何よりのやりがいであり、同時に本当にありがたいと感謝しています。

私自身は決して強い選手ではありませんでしたが、井上監督や生田コーチと一緒に実業柔道団体で優勝させてもらいましたし、監督として指導をした選手たちにオリンピックや世界選手権に連れて行ってもらいました。自分の知らない世界に連れて行ってくれる選手たちには心から感謝していますし、そんな選手たちの「力になりたい」という思いで監督をさせて頂いています。

陰ひなたなく努力できる選手を育てたい

陰ひなたなく努力できる選手を育てたい

ALSOK柔道部の選手たちは、それぞれが世界を目指し、意識を高く持って稽古に取り組んでいます。実業団の選手の中には、素晴らしい才能を持ちながら、自分自身に厳しくすることが出来ず、伸び悩んでしまう者も少なくありません。

先日の出稽古のときに福岡政章は、誰よりも先に道場に来て黙々とロープを登り、練習後は一番遅くまで残って、ストレッチをしていました。彼はロンドンオリンピックの代表になれず悔しい思いをしました。挫折を乗り越え、今年29歳でリオデジャネイロ世界選手権の3位になれたのは、決して諦めない気持ちを持って、信念をぶらさず、努力を重ねた結果だと思います。彼はALSOK柔道部の最年長選手なので、そういう姿を見ている後輩たちも、自然に「自分も頑張ろう」という気持ちになりますし、柔道部全体に高い目的意識を持って、前に進む雰囲気が生まれているのだと思います。

監督として選手をスカウトする際に重視するのは、正にその部分です。皆と同じ畳の上で行なう練習以外に、例えばウエイトをしてから練習に参加したり、居残りで技術の研究をしていたり、自分に甘えることなく、どれだけ努力できるのかという点です。やらされて強くなった選手と、自分で努力できる選手では、実業団に入って大きく差が出てきます。自分ひとりのトレーニングはきついものですが、それに負けることなく、高い目的意識を持って柔道に取り組める選手、福岡のように陰ひなたなく努力できる選手を、これからも育てていきたいと思います。

世界王者を輩出して「強いALSOK」をアピール

世界王者を輩出して「強いALSOK」をアピール

今年のリオデジャネイロ世界選手権では、ALSOK柔道部から4人の代表を輩出しましたが、残念ながら誰も金メダルには届きませんでした。また、今回出場できなかった選手たちは、本当に悔しい思いをしたはずです。それぞれの悔しさをバネに、全員が一段階上を目指して努力し、来年はぜひALSOK柔道部から世界チャンピオンを輩出したいと思います。それが監督として私に求められていることでもあるので、歴代の先輩方が築き上げてくれた「ALSOKは強いんだ」というイメージを、しっかりと継承していきたいと思います。

もちろん選手全員に頑張ってほしいのですが、男子60kg級の山本浩史には特に期待しています。彼は入社1年目のロンドンオリンピックで補欠、入社2年目のリオデジャネイロ世界選手権も補欠と、一番悔しい思いをしているはずです。本当に素直で真面目な選手なので、なんとか殻を破って、ライバル選手の壁を乗り越えてほしいと思っています。

柔道少年・少女へのメッセージ

柔道少年・柔道少女へのメッセージ

地元の青森で柔道を始めた私は、中学から大学までを国士舘で過ごし、柔道のお陰で現在はALSOKという素晴らしい企業にお世話になっています。挨拶や礼儀、支えてくれる方への感謝の気持ちやチームメイトとの人間関係、人生のすべてが柔道を通して学ばせて頂いたと言っても過言ではありません。

2020年には東京でオリンピックが開催されることになり、柔道少年・少女たちにとって大きな目標もできました。現在、柔道界は厳しい状況にありますが、皆が力を合わせて、より良い柔道界を目指して取り組んでいます。

きっと子供たちが成長する頃には、胸を張って「柔道をやっています」と言える環境になっているはずです。現時点では、すべての柔道少年・少女に日本を代表して戦う可能性がありますから、1日1日を大切にし、目標を高く持って努力を続けて下さい。そして、日の丸を胸に付けて世界チャンピオンになって下さい。

インタビュー:2013年11月

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