「川口孝夫」著名な柔道家インタビュー

川口孝夫

1972年のミュンヘン五輪(柔道)で金メダルを獲得し、現在は全日本柔道連盟の審判委員会委員長を務める川口孝夫氏。
国際柔道連盟審判委員、アジア柔道連盟審判理事も兼務し、柔道の国際的発展に貢献する傍ら、自身の道場で後進の育成にあたっている川口氏が柔道人生を振り返り、日本柔道の未来像を語ります。

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1968年にインターハイで優勝

1968年にインターハイで優勝

私が柔道を始めたのは5歳の頃。父が道場を建てたことがきっかけでした。たくさんの人が山から木を運んで、自宅と道場を造って下さったのですが、そこを遊び場のようにしているうちに、自然と柔道に親しむようになりました。

自宅に道場がある訳ですから、毎日必ず道場に出ていましたし、振り返ると、幼い頃から柔道が生活の大部分を占めていたような気がします。

「勝負に勝つ」という目標を持って、一直線に柔道に取り組むようになったのは崇徳高校時代からです。当時、高校生の全国大会と言えば全国高等学校総合体育大会(インターハイ)と国民体育大会(国体)しかなく、2年生のときに出場した1967年のインターハイは個人軽量級(60kg級)と団体戦で3位になり、地元・広島(福山市)で開催された1968年の大会では個人戦で優勝することができました。

「2年生で3位ならば、当然3年生では優勝だ」と意気込みも十分でしたし、地元開催に向けて、県を挙げて底上げ強化に取り組もうという環境がありましたので、タイミングや運は良かったのだと思います。

世界へと羽ばたいた大学時代

世界へと羽ばたいた大学時代

高校卒業後は明治大学に進み、東京学生柔道体重別選手権大会の63kg級で4連覇しました。インターハイで個人戦の経験はありましたが、高校時代の試合と言えば、そのほとんどが団体戦。いわば無差別級を戦っていた訳で、大学生になって同じ軽量級同士で戦えることを、怖いもの知らずにも「ラッキーだ」と思ったことを覚えています。特に初出場だった大学1年生のときは、あっという間に優勝してしまったという感覚でした。

また、大学2年生で出場したアジア柔道選手権大会(台湾)は、私にとって初めての国際大会。当時の日本はアジアでダントツの強さを誇っていましたので、その時点でのトップ選手ではなく、どちらかと言えば次の時代に活躍することを期待された選手が派遣され、私もそういった立場でした。

ただ、1971年には世界柔道選手権大会(ドイツ)が控えていて、とにかく勝たなければならないという強い気持ちで大会に臨み、軽量級で優勝。翌年の世界柔道選手権大会でも金メダルを獲得することができました。

その前の年である大学1年時に、全日本ジュニア柔道体重別選手権大会が初めて開催され、それを目標として稽古に励むことができたことも、大学時代に国内から世界へと着実にステップアップできた理由のひとつではないかと考えています。

激痛と重圧に耐え、ミュンヘン五輪(柔道)で金メダルを獲得

激痛と重圧に耐え、ミュンヘン五輪(柔道)で金メダルを獲得

大学4年生のときに出場したミュンヘン五輪(柔道)の戦いは、私の柔道人生の中で最も印象に残っています。

決勝でモンゴルのブイダー選手と対戦し、一本勝ちで金メダルを獲ったのですが、実は彼とは3回戦でも対戦し、その試合中に肋軟骨が骨折していたのです。抑え込みから脱出しようとした瞬間だったのですが、自分でも骨が折れたことが分かり、相手に悟られないように努めていたものの、咳をするだけでも痛いという状況でした。

いったん「待て」がかかったのですが、その短い時間の中で「このまま試合が続けられるのか?」、「早く再開してくれ」という2つの思いが交差し、何とも言えない恐怖を感じたことを今でも鮮明に覚えています。あの当時は、たとえ骨が折れていても試合を棄権することなく、可能な限り最後まで戦うという意識が共有されていて、おそらく自分も「ここで死んでもいい」という心境だったのだろうと思いますね。

また、あの頃はまだ「全階級制覇」という言葉があり、私の試合までに日本選手が金メダルを逃す流れが続いていたことで、「痛みに耐え、自分が金メダルを獲らなければ」という大きなプレッシャーを感じていました。

今思い返すと、あの重圧を乗り越え金メダルを手にできたのは、いわゆる「火事場の底力」だったのではないかと思います。

ビジネスマンを経て、指導者の道へ

ビジネスマンを経て、指導者の道へ

1973年、丸善石油科学株式会社に入社し、約3年半の選手生活を送り現役を引退。そこから柔道を一時離れ、ビジネスマンとして社業に専念しました。

まったく新しい挑戦でしたし、周囲からは「柔道の川口」と見られることも多く、「仕事で負けたくない」、「社会人として評価を得たい」という気持ちで一生懸命に働いていましたね。私が入社したのはちょうどオイルショックの直後で、本当に色々な経験をさせてもらいました。今でも街中を歩いているとガソリンの値段が目に付いてしまいます。

その後、国家公務員に転身して広島矯正管区の武道教官として地元に戻り、母校である崇徳高校の柔道部の監督として指導者の道に入りました。

ビジネスマンとして仕事にやりがいを見出していた頃でもあり、会社を辞めることへの葛藤はありましたが、それでも柔道を人生の柱として活かしていけることは大きな魅力でしたし、現在は指導した子どもたちが様々な場で活躍してくれており、人を育てる喜びを感じています。

IJFの審判委員としても活躍

IJFの審判委員としても活躍

指導者として後輩を指導する一方、IJF(国際柔道連盟)公認のインターナショナル審判員のライセンスも取得し、国際大会の審判としての活動を始めようとしていた頃、国際柔道連盟の審判委員(アジア審判理事)のオファーを頂きました。

ただ、その前年である1997年に父が他界し、川口道場を継ぐ時期と重なってしまったこともあり、実は2度程依頼を断っているんです。それでも、上村春樹さん(現・講道館館長)に説得され、オファーを引き受けることを決意しました。

就任当時、IJFの理事長を務めていた日系カナダ人のコジマさんには、とても手厚いサポートをして頂きました。

日本人のIJF審判委員として難しさを感じるのは、やはり柔道に対する日本と世界の考え方を調整することです。当然、競技者としての経験がある自分こそが、最も柔道をよく理解しているという自負心もありますし、本当の柔道家として現場で培ってきたことを伝えよう、という気持ちを持って職務にあたっています。

ただ、現在のように競技ルールが頻繁に変更されるようになると、組織として柔道界を動かしていくためには、細かな点も含めすべてに反対する訳にもいかない。その辺りの難しさは、日々感じています。

未来の柔道界への提案

未来の柔道界への提案

先日、フランスのクラブチームの指導者たちと交流する機会があったのですが、大人でも初段としてチーム練習を楽しんでいることを聞き、フランスに柔道家の数が多い理由がなんとなく分かった気がしました。

かたや日本の道場、特に私の周囲では「あの子は全国大会で何位だ」などと、どうしても成績の良い選手にばかり脚光が当たってしまっている気がします。柔道の競技人口減少が懸念される中、もう少し考えを改めていく必要があるのではないでしょうか。

例えば、親子で一緒に柔道を楽しんだり、いくつになってからでも柔道を始められたりなど、競技人口を増やすための環境整備も大切。道場だって、勝ち負けや投げた投げられたで終わるのではなく、ときには柔道とは違う議論を交わす場であっても良い。

フランスのクラブチームの施設には、コーヒーが飲めるサロンのような場所もあると聞きますし、良い部分は参考にして取り入れていく必要があるかもしれません。

実は川口道場にも「ママさん柔道」という、柔道に興味を持つ女性が集まったグループがあるんです。私が直接指導することはないのですが、皆で昇段試験を受けたり、オリジナルユニフォームを作ったり、川口道場チームとして大会に出場するなどをして楽しんでいるようです。

こうした裾野の広がりが、柔道界の発展や柔道人口の増加につながってくれれば嬉しいですね。

子どもたちへのメッセージ

子どもたちへのメッセージ

年齢を重ねるにつれて、指導内容や子どもたちと向き合う姿勢は、少しずつ変わってきています。以前は小学校高学年から中学生の子どもたちを、なんとか強くしたいという気持ちがありましたが、今は、小さな子どもたちにも柔道を楽しんでもらいたい。

もちろん柔道は格闘技ですから、体の大きな子や体力がある子と、そうではない子とで差が出てしまうのは仕方がないですが、体の小さな子や体力が弱い子にも柔道を楽しませてあげたい。

全国大会で成績を残し脚光を浴びる子の後ろには、それぞれのステップで頑張っている子どもたちが大勢いて、その子たちが柔道への興味を持ち続けて、競技を続けていってほしい。そんな思いが年々高まっています。

例えば10人の子どもたちで試合をすれば、1位になる子も10位になってしまう子もいる訳です。当然誰もが1位を目指して頑張るのですが、大切なのは結果ではなく、どれだけ一生懸命に取り組んだかということ。

私は「競技を楽しむ」という表現が好きではありませんが、たとえ試合で1位になれなくても、その過程が充実していれば柔道を楽しいと感じられるし、それぞれの成長にもつながるはずだと、指導者としていつも思っています。

「楽しい」という表現は、競技と真摯に向き合った人が発してこそ心に響くもの。川口道場の館長として、子どもたちが「柔道って本当に楽しい」という気持ちを、自然に感じてくれるような道場や、チーム、柔道家を育てたいと思います。

 

インタビュー:2016年3月

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