「井上康生」著名な柔道家インタビュー

井上康生 全日本柔道連盟特別コーチインタビュー

昨年、多くのファンたちに惜しまれながら現役を引退した井上康生氏は、今年の1月からイギリスにてJOC(日本オリンピック委員会)のスポーツ指導者海外研修を行なっているが、ロッテルダム世界選手権では、全日本柔道連盟の特別コーチとしてコーチズボックスに入るなど、久々にテレビの前に元気な姿を見せた。

大会期間中の忙しいスケジュールの合間に時間を頂き、イギリスでの生活、海外で暮らして感じる日本や日本の柔道について、お話を伺ってみました。

井上康生氏

プロフィール

  • 生年月日:1978年5月15日 出身地:宮崎県宮崎市 身 長:183cm
  • 主な戦歴

    • 1997年 | 全日本選抜柔道体重別選手権大会 95kg超級 3位
       | 講道館杯全日本柔道体重別選手権大会 95kg超級 優勝
      1998年 | アジア競技大会柔道競技(タイ:バンコク) 100kg級 優勝
       | 全日本柔道選手権大会 2位
       | 全日本選抜柔道体重別選手権大会 100kg級 2位
      1999年 | 嘉納治五郎杯東京国際柔道大会 100kg級 3位
       | 全日本選抜柔道体重別選手権大会 100kg級 3位
       | 世界柔道選手権大会(イギリス:バーミンガム) 100kg級 優勝
      2000年 | シドニー五輪(柔道) 100kg級 優勝
       | フランス国際柔道大会 100kg級 優勝
       | 全日本柔道選手権大会 2位
       | 全日本選抜柔道体重別選手権大会 100kg級 優勝
      2001年 | 世界柔道選手権大会(ドイツ:ミュンヘン) 100kg級 優勝
       | 全日本柔道選手権大会 優勝
       | 全日本選抜柔道体重別選手権大会 100kg級 優勝
      2002年 | 全日本柔道選手権大会 優勝
       | アジア競技大会柔道競技(韓国:釜山) 無差別級 優勝
       | アジア柔道選手権大会(韓国:釜山) 無差別級 優勝
      2003年 | ドイツ国際柔道大会 100kg級 優勝
       | 全日本選抜柔道体重別選手権大会 100kg級 2位
       | 全日本柔道選手権大会 優勝
       | 世界柔道選手権大会(日本:大阪) 100kg級 優勝
      2004年 | 全日本選抜柔道体重別選手権大会 100kg級 優勝
       | 全日本柔道選手権大会 2位
      2005年 | 嘉納治五郎杯東京国際柔道大会 無差別級 優勝
      2006年 | 講道館杯全日本柔道体重別選手権大会 100kg超級 優勝
      2007年 | フランス国際柔道大会 100kg超級 優勝
       | 全日本選抜柔道体重別選手権大会 100kg超級 3位
       | 全日本柔道選手権大会 3位
       | 嘉納治五郎杯東京国際柔道大会 100kg超級 優勝
      2008年 | 全日本選抜柔道体重別選手権大会 100kg超級 優勝
    • 平成13年全日本柔道選手権大会
      ▲平成13年 全日本柔道選手権大会

      平成15年全日本柔道選手権大会
      ▲平成15年 全日本柔道選手権大会

柔道に感謝

井上康生氏イギリスに来て約7ヵ月が経ちます。今は、生活の拠点をスコットランドの首都エジンバラというところに置きながら、イギリス内でいろんな場所に足を運んで、柔道の指導を行なったり、語学の勉強をしたり、人脈作りを行なったりしていますが、はじめはやはり戸惑うことばかりでした。

語学の部分でもそう、環境の違いもそう、文化の違いもそう。すべてが分からないことばかりで、困惑した部分もかなりありました。ただ、ありがたいことに、エジンバラに行っても、いろんな方たちが支えてくれたんです。

これは柔道があったからこそ、僕が柔道家だからこそ、どこの世界、どこの国に行っても、いろんな形でみなさんに歓迎してもらうことができるのかなと、そういう意味で、「柔道」にはとても感謝しているところです。

言葉が通じなくてへこんだ時期も

普段の生活は、まず、午前中と午後に英語学校に行って、ライティング、リーディング、スピーキング、そういうのを全部含めた授業を受けています。語学に関しては、学校だけではなかなか身に付かない部分もあり、普段の生活の中でも学んでいるような状態です。

最初のうちは、相手の言っていることがまったく聞き取れませんでした。特にエジンバラ、スコットランドはアクセントの強い国ということもあって、言葉が通じない、コミュニケーションがとれないということで、これまでにないぐらい、へこんだ時期もありました。

みんなが一生懸命に僕を支えてくれているのに、「ありがとう」の言葉は言えても、それ以上が言えない。なんて言ったらいいのか分からないし、コミュニケーションがとれない。そのときはやはり辛かったですが、徐々に身に付けるしかないなというふうに思っていました。今は…、みなさんに自慢できる程上達したわけではないですけど…。まぁボチボチと、徐々にやっているところです(笑)。

子供の頃、英語は大嫌いでしたので、それを今、後悔しています。そういう勉強、学習という部分の大切さというのを、今改めて感じているところです。

語学の勉強以外に、もちろん、柔道の指導も行なっています。エジンバラクラブで週に2回、その他のところで週1回。柔道の指導をしたり、練習をしたりという形です。エジンバラクラブというのは、イギリスのナショナルチームの選手も何人か育てているクラブで、そこでは毎週火曜日と木曜日の2日、稽古が行なわれています。

柔道の素晴らしさを実感

柔道をやっているときに、ストレスを感じることはあまりありません。なぜかというと、言葉が分からなくても、柔道で分かち合えるからなんですね。例えばゼスチャーで説明できたり、組むことによって直接柔道を教えることもできる。そういう面では、柔道というのは本当に素晴らしいものだなと思いました。組むだけで、人間と人間が触れ合うことだけで、ひとつになれるというか、一緒の空間で一生懸命頑張れる。そういうことを味わうことができました。

日本では、戦うときには相手を倒したり、投げたりすることだけに集中している部分があったんですけど、改めてこういう環境で柔道をやっていると、それだけじゃないのを感じることがありますね。

イギリスに来て、勉強したり、柔道を教えたりというのは、非常に人間として、自分自身の糧になっているのは間違いないと思います。まだ、「なっている」と言い切れない部分もあるんですけど、今後の人生に充分に生かしていきたいなと思っています。

そのためにこの2年間、本当に貴重な時間を頂いていますから、しっかりとやるべきことをやって、日本に胸を張って帰れるようにしていきたいと思っています。

もちろん2年間の中で、いろんな思い出を作ったり、経験を積んだり、それもとても大事なことだと思います。でも、自分自身に課せられた使命というのがありますから、そういうものをしっかりと頭に置きたいです。
その中でも、やはり人生は楽しい部分がないと生きていけないですから、うまくバランスをとりながら、今後もイギリスでの生活をしていきたいと思っています。

子どもが生まれ、父親としての責任感も

イギリスに来て、この7ヵ月の間に大きく変わったことのひとつに、子供ができたことがあります。
子供はやはりかわいいです。正直、こんなにかわいいものかと(笑)。もともと子供は好きなんですが、わが子となると格別の感情が湧きますし、生まれてきたときの、あの感動というのは一生忘れられないと思います。特にこのイギリスの地で、何も分からない二人で、力を合わせて、ある意味大きな仕事を成し遂げたことは、これもひとつのすごくいい経験、思い出になりました。

それと同時に、やはり父親としての責任感も感じています。ですが、日本を旅立つ前にひとつの目標というものを掲げて、こちらに来ていますから、その部分ではやはり変わることなく、自分に与えられた使命をしっかりと成し遂げつつ、それプラス家族を大事にする。それが僕のスタイルなのかなと思っています。それは妻にも充分に理解してもらっていることですから。
あと1年半イギリスにいて、その後、日本に帰る予定ですが、来年以降はあらゆる大会に僕自身も参加して、本格的な日本のためのコーチ業というのを始めます。これは日本に帰ってからも、引き続き行なっていくと思います。

今回の海外研修も、柔道界のためにやっていることは間違いありません。ですから、日本に帰ってからもそれを常に頭に入れながら…今の生活の中でも常に頭に入れながら生活をしていることは確かです。

もっと勉強し、もっと経験を積みたい

井上康生氏イギリスにいるのはあと1年半程ですが、英語に関してはもっと上達させなくてはいけないと思っていますし、いろんな経験をもっとたくさん積まなければいけないと思っています。まずはそれが一番です。

その中から、生活を楽しんだり、文化を味わったり、いろんな方とコミュニケーションをとって友達になったり、そういうことをどんどんしていきたいなと思っています。それが、僕の今後の人生に生きてくるのかなと。
それは例えば、有名な場所に行ったり、そういう文化を味わったり。それもひとつの僕の人生における「肥やし」になると思うんです。

とにかく、こちらにいる間に、貪欲にいろんな経験、いろんな勉強をしたいなと思っています。

日本人の素晴らしさ

今回のロッテルダム世界選手権、男子柔道は非常に厳しい結果でした。もちろん女子の活躍は私たち日本人にとって嬉しいことですが、男子のこの結果を真摯に受け止めて、今後どう世界と戦い勝っていくのか、メダルを獲っていけるかが課題です。
また、最高の柔道家を育成していけるのかという部分も考えながら、これからやっていかなくてはいけないと思っています。

今は、僕自身が何をすべきなのか、篠原(信一)監督を支え、柔道界をしっかりと見ていくことも大切だと思っていますし、篠原監督をどういう形で支えていくのか、また選手たちをどう勝たせていくのかということを、僕自身が常に頭に入れながらやっています。
実際に、海外に出てみると日本の柔道のいいところ、悪いところがたくさん見えてきます。
まず、日本の柔道家、日本人の素晴らしいところというのは、海外の選手がそう感じているかどうか分からないですけど、やはり謙虚ですし、振る舞いとかでも、日本人しかできない部分がある。
それは、僕自身が海外に来てとても感じている部分です。もし、日本人がこの柔道家としての謙虚さや振る舞いをなくしてしまったときには、僕は競技にも影響してくるのではないかと思うんです。ですから、そういう部分において、僕は日本人の柔道家であることに誇りを持っていますし、これからもそれを持ち続けて、海外で指導をする際には、そういうものをしっかりと指導していきたいと思っています。

柔道のスタイルで言えば、日本人と外国人選手とでは、みなさんも見ての通り、違います。ですけど、「違う」というだけではすまされない、彼らは彼らなりに、自分の身体の特徴を生かし、いろんなものを生かして理にかなった技というのを身に付けているんです。だからこそ、日本男子みんな投げられてしまうわけです。
ですが、それが少し柔道とは遠ざかってしまった部分もあって、IJF(国際柔道連盟)がもう一度見直しましょうと。ルールの部分でもそう、スタイルの部分でもそう。もう一度、柔道というものを見直しましょうという考えになっていることに対しては、大変嬉しく思います。海外の選手の勝負に対する思いというのは、驚く程強いものがあります。「何がなんでも」というハングリー精神をすごく持っていて、それをすべて柔道にかけています。
また、いろんな研究をしたり、勝つためにあらゆるものを犠牲にして、勝つことにすべてをかけているというような、あの姿勢はやっぱり素晴らしいなと思います。

外国人選手と同じ練習では勝てない

食べる物に関しては、まったく問題ありません。基本的になんでも大丈夫なんで、日本食に恋しさを感じることもあまりないです。もちろん日本食が食べれたら嬉しいですけど。あと、海外で生活していると、食事ひとつとってもそうなんですが、いろんなサービスの部分で、日本程ハイレベルな国はないというふうに感じます。
食事に関して「口に合う、合わない」というのも、そういうレベルの高い日本で暮らす日本人だからこそのことだと思うんです。それは、海外で生活するようになって感じていることです。
だけど、努力があったからこそ、今の日本の文化はあると思うんです。ですから、柔道でもそうだと思うんですが、やはり日本人というのは、海外の選手たちと同じようにやっていても、勝てないと思うんです。
同じような練習内容で、海外の選手と同じだけの練習をやっていたら、日本人は絶対に勝てない。もともと持っている能力というのが違うんです。

今まで、いろんな分野で日本人は外国人以上の努力を重ねて台頭してきたと、僕は思うんです。
ですから、柔道においても、そういうことを見て感じながら、努力ってなんで必要なのかな?練習ってなんで必要なのかな?海外の選手に勝つためには何が必要なのかな?と考えるときがあります。

ただ単に「努力しなさい、勝ちなさい、練習をしなさい」というだけじゃなくて、根本的にこういうものがあるから、それ以上にやらなきゃ勝てないんだなというのが見えたんです。
外国人選手というのは、やはりすごいですよ、もともと持っているものが違うんです。

柔道と日本の文化には相通じる部分がある

イギリスで生活していて感じるのは、日本の文化と柔道に相通じる部分が非常にあることです。
例えば、食事をご馳走になったときに、みんな、その日に「ありがとう」なり「センキュー」と言いますよね。でも、日本人は次の日に会ったら、しっかりとまたお礼をする。そういう文化というのは、日本人ならではなんです。
この丁寧な部分というのは海外からしたら、やりすぎな部分かもしれない。でもやっぱりそれが日本人だと思うんです。そういう心というのを常に持ちながら、僕自身はやっています。
すべての部分において丁寧。食事でもそうですし、例えば、子供のオシメひとつでもそうなんです。

こっちにもオシメは普通にあるんですけど。日本のは赤ちゃんがオシッコしたら、「オシッコしました」ってマークが出るじゃないですか、「出たよ」みたいな。
海外にはそういうのはないんですよ。日本製はそれ程サービスが行き届いているわけです。それ程細かいんですよ、技術が。だからこそ、いろんな部分で太刀打ちできているのかなと思うんです。
柔道にもそれは通じていて、努力を重ね、研究に研究を重ねて、そこまでのレベルに達する。これは、これからの柔道に結び付いていく、勝つための重要なポイントだと思います。

柔道だからこそ、多くの人と通じ合える

普及の部分では、柔道というのは素晴らしい、いろんなものを含んでいるのは確かです。競技としても、非常に国際化してきています。
私自身の経験で言っても、エジンバラに来ても、他の国に行っても、柔道を通じていろんな人たちとのつながりができました。
これはやはり柔道ならではだと思うんです。柔道だからこそ、ここまで通じ合うことができるんじゃないかと。

それともうひとつは、柔道が教育的要素を非常に含んでいるということ。これはものすごく大きいように思います。
今の時代、いろんな事件があったりしています。僕が半年間、海外で生活していて、日本のいろんな情報を聞いたりしますが、その中で柔道家または柔道というものに与えられた部分というのがとても大きいように思うんです。
今、たしかに世界の中で勝つことが非常に厳しい状況ではありますが、これまでいろんな先生たちが築き上げたこの伝統というもの、多くのメダリストを生んだり、世界チャンピオンを生んだりしている国というのは他にはないわけです。
そういうことも僕自身、日本の柔道家として誇りに思っていますし、これからもそういう部分をしっかりと意識しながら、それをしっかりと受け継ぎながら、子供たちに指導していきたいなと、思っているところです。

世界は間違いなく強くなっている

強化の部分に関しては、一言で簡単に言えませんが、まず、ひとつ言えることは、世界が強くなってきているということです。
世界は間違いなく強くなってきている、そこを日本人はしっかり受け止めておかなきゃいけない。
それから、底上げということも必要になってくると思います。人材なくしては、強化もできません。それに関しては、僕自身も、子供たちに柔道を訴求するために、やっていかなきゃいけないことがたくさんあると思っています。

これまで柔道界では世界チャンピオンを何人も生んできましたが、そこには、下からどんどん追い上げて追い上げて、それを抜かして。その選手が世界チャンピオンになって、またそれを抜かしてという、そういう日本の伝統の流れというものがあったんです。
でも、最近はそういう部分が希薄になってきています。これは、みなさんもご存知の通りだと思いますが。そこの部分をどう埋めていくかということが今後の大きな課題だと思います。

柔道が好きだから。柔道に恩返ししたい

井上康生氏現役のとき、イギリスに来る前は年間に5〜6回の柔道教室を、会社や大学の皆さんの力を借りながらやっていましたが、現役のときはどうしても限られたことしかできませんでした。
自分自身が子供のとき、山下(泰裕)(関連リンク先生や小川直也さん、古賀稔彦(関連リンクさん、吉田秀彦さんがヒーローであったように、今の子供たちにも、ああいう選手になりたいという憧れの気持ちがあると思うんです。
僕も強くなって日の丸の柔道衣を着て試合に出るんだという。その夢とか思いというのは、私自身もすごく大きかったですし、そういう部分でも、そういう子供に対しての柔道教室とかは大事なことだと感じているので、日本に帰ったらぜひやりたいと思っています。

柔道界のために生きていこうと決めたのは、まずは柔道が好きだから、それは間違いないです。
僕がここまで成長できたのは、柔道があったからこそなんです。道場や中学、高校、大学、それに家族。いろんな人たちの支えもありましたけど、基本的にはこの柔道があったから、僕はこれだけの人間になれたと思うんです。
ですから、これからは柔道界のために、柔道への恩返しという気持ちも込めつつ、やっていこうと思っています。

※2009年10月現在


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