「羽賀龍之介」著名な柔道選手インタビュー

  

羽賀龍之介

高校時代からその頭角を現し、1年次には金鷲旗全国高等学校柔道大会で史上初の20人抜きを達成。大学時代から現在まで数々の大会で優勝し、リオデジャネイロ五輪(柔道)では男子100kg級で銅メダルを獲得した羽賀龍之介選手。
そんな羽賀龍之介選手の強さを作った学生時代のエピソードや、リオデジャネイロ五輪(柔道)への素直な思い、そして今後の目標なども語って頂きました。

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父の影響で始めた柔道

父の影響で始めた柔道

父が旭化成の柔道部に所属しており、その影響で5歳のときに柔道を始めました。私にとって父は、良き父親であると同時に柔道の「指導者」でもありましたね。

小学校3年生までは柔道以外の習いごともしていましたが、朝飛道場に入門したことをきっかけにすべて辞め、柔道に専念し始めました。「試合に負けて悔しい」という気持ちや、「これから私は柔道をやって生きていくのだろうな」という思いが芽生え始めたのもこの頃です。

朝飛道場に通っていなければ今の私はありませんし、柔道の基本をすべて教えて頂いたと思っています。

強豪選手達と切磋琢磨し合った高校時代

強豪選手達と切磋琢磨し合った高校時代

東海大学付属相模高校に進学し、2007年7月の金鷲旗全国高等学校柔道大会での20人抜きや、全国高等学校総合体育大会五輪(柔道)大会(インターハイ)での団体戦2連覇など、様々な経験をさせて頂きました。この頃の思い出は、多すぎて語り尽くせません。

高校時代は、吉田優也選手、高木海帆選手、王子谷剛志選手、高藤直寿選手といった強豪選手達に囲まれていて、プレッシャーを感じることもありましたが、お互いに助け合いながら成長することができたと思います。

当時は団体戦での優勝を7回も経験させて頂きましたし、本当に良い思い出ばかりでしたね。

大学時代の強さの秘密

大学時代の強さの秘密

高校3年生の頃から東海大学入学にかけて、2012年のロンドン五輪(柔道)への出場を意識し始めました。「今から本気を出さなければロンドン五輪(柔道)に間に合わない」という危機感を持って、試合に挑むようになりましたね。

当時、男子100kg級で圧倒的な強さを誇っていた穴井隆将選手の姿をずっと見ていたので、「穴井選手に追いつきたい」という思いも強かったです。

目標にしていましたが、結果的にロンドン五輪(柔道)では補欠でしたね。ロンドン五輪(柔道)は残念な結果に終わりましたが、大学時代は2010年10月の世界ジュニア柔道選手権大会など、様々な大会で優勝することができました。

団体戦では、在学中に全日本学生柔道優勝大会で4連覇を果たしました。高校時代もそうでしたが、本当に団体戦に恵まれていると思います。

常に周りに強い仲間がいるというのは、私にとってとても大きなことですね。その中で「負けたくない」と思うことが、自分自身を一番成長させてくれると思います。

そういった意味で、東海大学はとても良い環境でした。

学生時代と現在の違い

学生時代と現在の違い

技術的な強さの違いはあまり分かりませんが、気持ちの部分は変化したと思います。

社会人になってからは、「今日はここでトレーニングをしよう」、「今月はこういう練習をしよう」というように、自ら課題を決めてスケジュールを組めるようになりました。

学生時代よりも、時間や気持ちに余裕が持てるようになりましたね。

悔しさをバネに勝ち取った勝利

悔しさをバネに勝ち取った勝利

2014年8月のチェリャビンスク世界柔道選手権大会(以下、世界選手権)では、選手ではなく付き人として現地に赴くという悔しい経験をしました。そこから柔道に対する気持ちや練習の質が変化し、成長することができたと思います。

その後、2015年2月のヨーロッパオープン・ローマと柔道グランプリ・デュッセルドルフで優勝したことで自信が付きましたし、「自分の努力と結果が上手く噛み合い始めた」という感覚がありましたね。その勢いで、2015年8月の世界選手権や12月の柔道グランドスラム東京2015も優勝することができました。

リオデジャネイロ五輪(柔道)代表に選抜されたときの思い

リオデジャネイロ五輪(柔道)代表に選抜されたときの思い

左膝の怪我のため、2016年4月の全日本選抜柔道体重別選手権大会(以下、選抜体重別)には出場することができませんでした。そんな状況でリオデジャネイロ五輪(柔道)代表に選ばれてしまったので、正直素直に喜べなかったですね。

過去、選抜体重別に出場していない選手が日本代表に選ばれたことがなかったため、色々な方に迷惑をかけてしまい、「申し訳ないな」という気持ちがありました。選抜体重別に出場できなかったことで、周りの方に「本当に羽賀が代表で大丈夫か」と思わせてしまうのは、大会に出場して負けることよりも辛かったです。

ですが、「このような経験をした以上、リオデジャネイロ五輪(柔道)では絶対に勝たなければいけない」という強い気持ちも生まれましたね。

リオデジャネイロ五輪(柔道)に向けた準備

リオデジャネイロ五輪(柔道)に向けた準備

リオデジャネイロ五輪(柔道)に向けて本格的な練習ができるようになったのは、左膝のリハビリが終わった2016年6月頃からでした。

調整期間が短く不安はありましたが、それ以上にリオデジャネイロ五輪(柔道)への意識が高まっていたので、生半可な気持ちで1日を過ごすことは1度もありませんでしたね。

コツコツと必死に積み上げながら、リオデジャネイロ五輪(柔道)に向けてできることはすべてやれたと思います。

リオデジャネイロ五輪(柔道)初戦と3回戦の心境

リオデジャネイロ五輪(柔道)初戦と3回戦の心境

リオデジャネイロ五輪(柔道)の初戦で戦ったエフゲニス・ボロダフコ選手(ラトビア)とは、練習試合をしたこともありますしあまり苦手意識はなかったのですが、それでも試合は緊張しましたね。

「やはりリオデジャネイロ五輪(柔道)はこれまでの大会とは少し違うな」と感じました。それでも一本勝ちできたことで、多少はリラックスできたと思います。

3回戦で対戦したラファエル・ブザカリニ選手(ブラジル)は地元の選手だったので、「すごくアウェイだな」と感じました。ブザカリニ選手への声援がとても大きく、審判の声やコーチボックスからの声もよく聞こえないような状況でしたね。

「一本勝ちじゃなくても、指導でも良いから勝とう」と気持ちを切り替え、指導差で勝利することができました。

リオデジャネイロ五輪(柔道)準々決勝の敗因

リオデジャネイロ五輪(柔道)準々決勝の敗因

準々決勝で対戦したルーカス・クラパレク選手(チェコ)は過去に世界チャンピオンも経験していますし、強い選手だということは分かっていました。

もちろん勝ちたいという気持ちはありましたし、自分から攻めにいったつもりでしたが、有利な形にはめられてしまい、残念ながら勝つことはできませんでした。

相手にペースを握られてしまったことが一番の敗因で、そこに関しての反省点は多いですね。

銅メダル獲得に対する気持ち

銅メダル獲得に対する気持ち

3位決定戦ではアルチョム・ブロシェンコ選手(ウクライナ)に勝利し、銅メダルを獲得しました。

でも、喜びよりも悔しさのほうが大きかったですね。「欲しかったのはこの色のメダルじゃない」、「今日1日を初めからやり直したい」とずっと思っていました。

しかし、リオデジャネイロ五輪(柔道)を経験したことや、そこで銅メダルを獲得したことは、これからの柔道人生において絶対に活かさなければならないことだと思っています。

この経験が活きるのが2020年の東京五輪(柔道)なのか、違う舞台なのかは分かりませんが、リオデジャネイロ五輪(柔道)での借りは、やはり東京五輪(柔道)で返したいですね。

心に響いた井上康生監督の言葉

心に響いた井上康生監督の言葉

リオデジャネイロ五輪(柔道)の準々決勝で敗退したあと、井上康生監督がずっと私のそばに付いてくれました。

そこで井上監督に言われた「俺はアテネ五輪(柔道)の4回戦で敗退してから気持ちが切り替えられず、敗者復活戦でも負けてしまった。お前にはそういう思いをして欲しくない」という言葉は、胸に響きましたね。

その言葉をかけてもらったおかげで自らを奮い立たせることができ、銅メダルを獲得できたのだと思います。

今後の目標

今後の目標

リオデジャネイロ五輪(柔道)のためにすべてを賭けてやってきたので、今すぐに新たな目標を作ることは難しいですね。ですが、4年後の東京五輪(柔道)というのは、私達柔道家にとって大きなモチベーションになると思います。

東京五輪(柔道)の頃に私は29歳になりますが、そのときまで今のレベルのままでは絶対に勝てないし、出場することすらできないと思います。今以上に成長した状態で東京五輪(柔道)を迎えるために、1年1年着実に強さを増していきたいですね。

リオデジャネイロ五輪(柔道)を終えて、これから男子柔道は世間からとても注目されると思います。そういったチャンスを活かして、柔道以外でも何かできることをやっていきたいです。

畳の上で強さを示すのはもちろんですが、「応援したい」と思ってもらえる選手になるためには、柔道以外でのアピールも必要だと思います。それは今後の課題ですね。

 

インタビュー:2016年9月

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東建グループがお届けする柔道情報サイト「柔道チャンネル」では、リオデジャネイロ五輪(柔道)を終えた選手・監督のインタビューを一挙公開!今回は、リオデジャネイロ五輪(柔道)男子100kg級で銅メダルを獲得した羽賀龍之介選手にお話を伺いました。柔道家である父の影響を受け、5歳から柔道を始めた羽賀龍之介選手。高校1年生のときには金鷲旗全国高等学校柔道大会で史上初の20人抜きを達成するなど、学生時代から圧倒的な強さを見せてきました。社会人になってからも、世界柔道選手権大会や柔道グランドスラム東京など数々の大会で優勝を飾っています。そんな羽賀龍之介選手の学生時代の思い出や、怪我を乗り越えて出場したリオデジャネイロ五輪(柔道)でのエピソード、そして2020年の東京五輪(柔道)についても語って頂きました。
柔道好き必見の、羽賀龍之介選手インタビュー。ぜひお楽しみ下さい。

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