「藤原崇太郎」著名な柔道選手インタビュー

  

藤原崇太郎

2018年に開催された柔道グランドスラム・パリと柔道グランドスラム・エカテリンブルグで2連覇を成し遂げ、2019年の柔道グランドスラム・デュッセルドルフでも優勝を勝ち取った藤原崇太郎選手。男子81kg級において好調な成績を残し続ける藤原選手の現在に至るまでの経歴や、柔道への取り組み方、そしてこれから控えている東京五輪(柔道)に向けての目標などを語って頂きました。

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アテネ五輪(柔道)の影響から始まった柔道

アテネ五輪(柔道)の影響から始まった柔道

6歳のときに、自分に何かスポーツをさせようと思っていた両親が、アテネ五輪(柔道)で野村忠宏(男子60kg級)さんや鈴木桂治(男子100kg超級)さんが金メダルを獲ったのをテレビで観て感動して、その影響で柔道を習い始めたのがきっかけです。

その後、西脇柔道スポーツ少年団に入り、最初は基本的な技をひとつ2つ教えてもらって、それをひたすら反復するという練習でした。両親が熱心にサポートしてくれたおかげで、しっかりとした基礎を作ることができたと思います。

柔道教室に通う以外に、自宅でも練習していました。テレビで野村選手の特集を見たときに綱登りの練習をしていて、自分も同じ練習がしたいと言って祖父や父にお願いして、自宅の倉庫に綱を付けてもらい、登っていたのを良く覚えています。

一心不乱で柔道に取り組んだ小学生時代

一心不乱で柔道に取り組んだ小学生時代

小学生の頃は、無我夢中で柔道に取り組んでいましたが、指導してくれた父がすごく厳しくて、小さい頃の自分にとって、かなり怖い存在でした。

そんなこともあり、柔道をしているときも怒られないように気を付けていた面もあったと思います。

柔道自体は好きでしたが、当時は、ただ、がむしゃらに柔道をしているだけで「勝ちに行くぞ」というような貪欲さはなかったです。

小学6年生のときに参加した全国小学生学年別柔道大会の3回戦で敗退したときも、そこまで悔しいという気持ちはありませんでした。それでも、苦しかったことや楽しかったことがたくさんあったので、当時の柔道は自分にとって良い経験になったと思っています。

大きく飛躍する中学時代

大きく飛躍する中学時代

正直なところ、中学校に上がってからも柔道を続けるとは思っていませんでした。

しかし、進路について両親と話をして、今後も柔道を続けることになったとき、これからは毎日練習することになるので、柔道が生活の一部になると思ったのです。

小学生のときは毎日柔道をするわけではなかったので、中学生になって環境が大きく変わってからは、「やるからには勝ちたい」と真剣に考えるようになりました。

小野中学校にいた昔の校長先生が外部のコーチとして練習に付いてくれて、入学してすぐに「この3年間で1番真っ直ぐ立って、組んで、先輩に投げられてきた人が最後には強くなる」と言われたのです。そのコーチの言葉を信じて、一生懸命練習に取り組んだことで、今の基礎を作ることができたと思います。

当時教えてもらったことが軸にあり、そこから枝を生やすようなイメージで、今の柔道スタイルを作り上げていきました。中学時代の土台があったからこそ、今の自分があると思います。

最も記憶に残る、全国高等学校柔道選手権大会

最も記憶に残る、高校選手権

中学卒業後は、東京都日本体育大学荏原高校(以下、日体大荏原)へ進学しました。地元の兵庫県から離れたのは、柔道と常に向き合える環境がほしかったからです。

高校で寮生活をすれば毎日柔道ができるので、そんな生活が送れたら、柔道もきっと今より強くなると考えました。

実際、寮にはトレーニング道具が準備されており、実家ではできないような練習にも取り組むことができましたね。「もう柔道はしたくない」と言いたくなるほど練習しました。他にも、全国中学校柔道大会で優勝した先輩方の多くが日体大荏原へ進学したことも、理由のひとつです。その先輩方と、もう一度日本一を目指したいなと思いました。

高校時代の大会では、3年生のときに出場した全国高等学校柔道選手権大会が一番記憶に残っています。前年度は準決勝で、自分が取らなければいけないところを、逆に相手に取られて負けてしまったので、すごく悔しい思いをしたのです。

だから、「次の年こそ、自分の分も先輩の分も取り返そう」と、自分自身すごく気合が入っていたのはもちろんですが、皆もすごい気迫を持って練習や試合に取り組んだ結果、チーム一丸となって優勝することができたのは本当に感動しました。高校時代はもちろん、今までの柔道生活の中で一番記憶に残っている大会です。

怪我に悩まされた大学1年目

怪我に悩まされた大学1年目

高校を卒業したあとは、日本体育大学(以下、日体大)へ進学しました。日体大の道場には高校生のときから出稽古させてもらい、日体大荏原の生徒は日体大の協力もあって強くなっているのだと改めて感じましたね。

大学進学によって、がらりと環境が変わることを避けたかったのも進学の理由のひとつです。何より、日体大に進学すれば高校の先輩方もいますし、指導をして下さる先生も馴染みのある方ばかりなので、心強いですよね。高校時代からのメンバーがいることは、メンタル的にも良い効果があったと感じています。

ただ、大学1年目は怪我が多かったですね。自分の思うような稽古も試合もできなくて、満足のいく柔道ができなかった辛い1年でもありました。体調も崩すことが多く、ひどいときには試合当日の朝、起きたら膝がすごく腫れていたことも…。気持ちは前にいっているけど、体がついてこないという状態が続いていました。

国内外の大会で好成績を収める快進撃

国内外の大会で好成績を収める快進撃

2018年2月の柔道グランドスラム・パリでは優勝という成績を収めることができました。怪我もなく良い練習ができていましたし、失う物はなかったので、チャレンジ精神で自分の柔道を続けた結果のIJFワールド柔道ツアー初優勝だったと思います。

3月の柔道グランドスラム・エカテリンブルグでも優勝でき、2月に続いて2連覇を達成することができました。

9月のバクー世界柔道選手権大会(以下、世界選手権)は2位で、自分が世界一になるには、まだ一歩届きませんでしたが、その一歩というのは、とても大きなものです。

自分が決勝まで進むことができたという手応えはしっかりと感じたので、「今回の結果を次に活かそう」と、すぐに気持ちを切り替えることができました。

元世界選手権チャンピオンの永瀬貴規(男子81kg級)選手には、まだまだ実力が追い付いていないので、一歩一歩ですが、しっかりと力を付けていきたいと思っています。

勝ち続けるために必要なこと

勝ち続けるために必要なこと

2019年2月の柔道グランドスラム・デュッセルドルフでは優勝することができました。今は、自分の柔道を確かめながら、相手の研究もしっかりして、怪我をしないよう気を付けながら力を蓄えているところです。

これからの試合で勝ち続けていくためには、まず一番に「勝ちたい」という気持ちを持ち続けることが大事だと思っています。あとは、最高の状態で試合に出られるようにするために、稽古や調整など、準備万端にしておくことも大切です。

2020年は東京五輪(柔道)が開催されますが、私は、あまり先のことを考えずに目の前の試合に集中するスタイルなので、ひとつひとつの試合が、東京五輪(柔道)にも繋がっていくと信じて、一歩ずつ進んで行きたいと思っています。

インタビュー:2019年3月

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今回著名な柔道選手としてインタビューしたのは、男子81kg級にて活躍する藤原崇太郎選手です。両親が、アテネ五輪(柔道)での選手の活躍に触発されたことがきっかけで始めた柔道。中学生のときに自身の柔道スタイルを作り上げ、高校時代には先輩たちが成し遂げられなかった優勝を、チーム一丸で勝ち取りました。大学1年目は怪我に悩まされるも、目の前の試合を確実に勝ち進むスタイルを持つことで、着実に成績を残しています。多くの選手に勝利する藤原選手の幼い頃から現在までを、インタビューにてご覧下さい。

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