著名な柔道家インタビュー

  

秋本啓之2/2

長年日本男子柔道73kg級を第一人者として牽引してきた秋本啓之氏。
2016年6月に開催された全日本実業柔道団体対抗大会の終了後に現役引退を表明。世界柔道選手権大会優勝の思い出や、本人にしか分からない様々なターニングポイントでのお気持ちを伺います。

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柔道人生で思い出に残る大会

柔道人生で思い出に残る大会

一番思い出に残っている大会はやはり2010年の東京世界柔道選手権大会です。

66kg級から73kg級に階級を変更して新たに掴んだ代表権でしたし、その過程では度重なる怪我と減量に苦しんだ時期がありました。ホームである東京での開催ということもあり、プレッシャーも相当感じていましたね。

それでも優勝できた瞬間には、「本当に柔道をやめなくて良かった」、「支えてくれた人たちにようやく少し恩返しができた」とほっとしたことを、今でも覚えています。

その他にも、2009年の柔道ワールドカップ・バクーに柔道界のレジェンドである野村忠宏さんと2人で参加したことは、とても貴重で良い経験でしたね。国際大会に2人きりで行くことは滅多にありませんから、これも印象深かったです。

最後のチャンスと決めていたリオデジャネイロ五輪(柔道)

最後のチャンスと決めていたリオデジャネイロ五輪(柔道)

怪我続きでチャンスもあまり多くなかったのですが、リオデジャネイロ五輪(柔道)を最後のチャンスにしようと決めていました。

結局のところ出場は叶わなかったのですが、私の中で本当に可能性がなくなったと感じたのは、2016年2月の柔道グランドスラム・パリ準決勝で、韓国のアン・チャンリム選手に負けてしまったときです。

代表に選ばれるためには優勝しなければならないことが分かっていたので、その瞬間に「もうだめだな」と強く感じましたね。それが引退のきっかけです。

引退したからこそ見える景色と今後の展望

引退したからこそ見える景色と今後の展望

了徳寺学園男子柔道部で指導する立場になって、「自分も色んな人に支えられていたんだな」と強く感じるようになりました。

バックアップしてくれるコーチの力はもちろんのこと、選手の立場では感じにくいような見えない力も、そこにはたくさんありました。そういった絶大な力があったからこそ今までやってこられたのだと思うんです。

今後は、自分が立てなかった4年に1度の舞台で金メダルを獲れるような選手を育成したいです。世界で活躍できる選手の育成が、当面の目標ですね。

応援してくれたファンの皆様へのメッセージ

応援してくれたファンの皆様へのメッセージ

現役としては畳を降りましたが、指導者としては畳に上がったばかり。

自分らしく後進を指導し、微力ではありますが柔道の発展のために、できる限りの力添えができればと考えています。

インタビュー:2016年12月

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今回は著名な柔道家インタビューとして秋本啓之氏にお話を伺いました。柔道一家に生まれ、約束されたように柔道の道に進んだ秋本氏。日本男子柔道73kg級では第一人者とされながらも、4年に1度の舞台には立つことが叶いませんでした。それでも高校時代、66kgでありながら無差別の全国高等学校柔道選手権大会で優勝したことや、大学時代の2つの父子2代制覇、2010年の世界柔道選手権大会優勝、と輝かしい実績を収めてきました。今後は指導者としての後進の育成に期待がかかります。将来、秋本氏の指導した選手が4年に1度の舞台に立つ姿を見られるかもしれません。
様々なターニングポイントでの秋本氏の思いは柔道チャンネルでしか見られません。ぜひお楽しみ下さい。

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