メダリストインタビュー

上野雅恵

今年のロンドン柔道競技(五輪)女子63kg級日本代表の上野順恵選手の姉でもある上野雅恵氏に、アテネ・北京と五輪で二連覇した大会での思い出についてお伺いしました。

上野雅恵氏
 

恵本先輩の五輪出場で自分も目標に

恵本先輩の五輪出場で自分も目標に

高校3年生のときに、同じ北海道の旭川南高等学校出身の恵本裕子先輩がアトランタ柔道競技(五輪)に出場しました。高校柔道部のみんなと校長室で先輩の応援をしていたのですが、それまでは、五輪どころか国内の大会もテレビで観ることはなかったんです。あまり興味がなかったというか、観ていると眠くなっちゃって(笑)。

ですので、初めてしっかりとテレビで柔道の試合を観たのが、先輩の試合だったと思います。そのときに、先輩の試合、金メダル獲得を観て、それまで考えたこともなかった五輪というものを初めて意識しました。

大学進学を蹴って入社した住友海上

大学進学を蹴って入社した住友海上

恵本先輩がアトランタ柔道競技(五輪)に出場する年に、先輩が所属していた住友海上(現三井住友海上)柔道部が北海道の合宿に来て、私も合宿に参加させて頂きました。

合宿の内容がすごく斬新というか、今までにやったことのないような練習をしていました。しかも先輩方が丁寧に技を教えてくれたり、柔道部がすごく良い雰囲気でしたので、その頃、私は大学へ行くことがほぼ決まっていたのですが、実業団もいいかなぁと。

それで、親とも話し合い、会社側にも色々な相談をさせて頂き、結局、住友海上にお世話になることにしました。

旭川から出たことのない田舎者だったので、東京に出て来ることにかなり抵抗はありましたが、世界で勝てる選手になりたいという気持ちで、単身、東京に出て来ました。

無我夢中で手にしたシドニー柔道競技(五輪)の出場権

無我夢中で手にしたシドニー柔道競技(五輪)の出場権

東京に来て、まず人の多さにびっくりしました。人ごみの多さには、今でも慣れていませんけど(笑)。毎朝の通勤や、練習での移動にはかなり苦労しました。

最初は練習についていくのに必死でしたし、大会も、何の大会かよく分からないまま出場していました。相手が強化選手かどうかも知らないような状態で試合をし、負けて、悔しくて「次の試合では頑張ろう」と思って必死に練習する毎日でしたね。

社会人2年目(1999年)に運良く世界柔道選手権バーミンガム大会の代表になったのですが、周りの日本人選手が金メダルを獲る中(8階級中4階級で金)、私は5位でメダルにも届かず、とにかく悔しくて、次は絶対に金メダルを獲るという気持ちになりました。

そして、翌年のシドニー柔道競技(五輪)(2000年)では、夢だった代表選手に選ばれましたが、このときは、取材の凄さに圧倒され五輪で試合をすることに不安になり自己管理がまったくできず、試合の前に自分自身に負け、三回戦で敗退してしまいました。

初優勝のアテネ柔道競技(五輪)

自信があったバルセロナ柔道競技(五輪)

その後、世界柔道選手権ミュンヘン大会(2001年)で初優勝し、世界柔道選手権大阪大会(2003年)で連覇。アテネ柔道競技(五輪)(2004年)は、絶対に金メダルを獲るんだという気持ちで臨み、憧れだった五輪で優勝することができました。

しかし、五輪で勝って、気が抜けてしまったところがあったのか、翌年の世界柔道選手権カイロ大会(2005年)では初戦で敗退。そのとき、情けない自分に呆然とし、「これは私じゃない、どんなことがあっても北京柔道競技(五輪)まで現役を続ける」と心に決めました。

世界柔道選手権リオデジャネイロ大会(2007年)の代表から外れてしまいましたが、そのときの女子70kg級日本代表選手が初戦で負けて、「やはりこの階級には、私しかいない」と、そこからさらに強く気持ちが入っていきました。

金メダルの自信があった北京柔道競技(五輪)

金メダルの自信があった北京柔道競技(五輪)

当時、女子70kg級の外国人選手は曲者揃いで、やりにくい選手が多かったのですが、「相手にとっては私のほうが小さくてやりにくいはずだ」と、自分自身あまり苦手意識を持たないようにしていました。

私にとっては、真っ向勝負で自ら組みにくる外国の選手の方がやりやすく、組み手にこだわり、なかなか思うように組めない日本の選手の方がやり辛かったです。

そして、力負けをしないように筋トレをしっかりと行ない、対外国人を意識した技を身に付けるため、稽古にも時間をかけました。

その甲斐があり、北京柔道競技(五輪)(2008年)のときは、それまでとはまったく違う感覚でした。頭の中には、燃えるような闘志がありながら、怖いくらいに冷静で。この様な感覚というのは初めてでした。

体力的には全盛期と比べて落ちている実感はありましたが、精神的にはとても充実しており、絶対に金メダルが獲れるという確信に近い気持ちがありました。

今までの分も頑張ってほしい、妹 順恵

金メダルの自信があった北京柔道競技(五輪)

私の性格は、非常に頑固だと思います。現役時代は特に、自分を貫きたいというか、自分のやりたいことだけをやりたいと思っていましたし、いつも自分中心だったと思います。

現役を引退した今は、人と接することも多くなって、だいぶ変わってきたと思いますけど(笑)。

今年の五輪には妹の順恵が出場します。順恵とはずっと一緒に柔道をやってきましたし、五輪には絶対に出てほしいと思っていたので、本当に嬉しいです。

北京柔道競技(五輪)から(代表になれなかった)の4年間、順恵は本当によくやってきたと思いますし、順恵だからこそ乗り越えてこれたと思います。

三井住友海上のコーチとしてというより、姉として、順恵が一番高いところに日の丸を揚げてくれることを心から応援しています。

 

インタビュー:2012年5月

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