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野村忠宏が現役引退を発表

11月4日:野村忠宏引退報告会

野村忠宏引退報告会

柔道競技(五輪)で史上初の3大会連続金メダルを成し遂げ、2015年8月に現役引退を発表した野村忠宏氏 40歳の引退報告会が、所属先の株式会社ミキハウスにより11月4日大阪市内のホテルで執り行なわれた。

引退報告会には、全日本柔道連盟副会長 山下泰裕氏をはじめ、野村氏の出身校でもある天理大学や高校柔道部の関係者、バレー、陸上などの他スポーツの友人らが多数参加。度重なる怪我や手術を乗り越え、40歳になるまで現役選手として戦い続けてきた野村氏に、労いの言葉や今後の激励を送った。

野村氏は、「3歳から祖父が作った道場で柔道を始めた。小、中、高校、そして大学で柔道の基本を学ばせてもらい、アトランタオリンピックで金メダルを獲ったのは天理大学4年生のことだった。大学卒業後は、ミキハウスに入社。厳しい稽古を積み、シドニー、アテネオリンピックでも優勝。三連覇を成し遂げた。その後、靭帯断裂など大きな怪我に悩まされながら柔道をする日々が続いた。全盛期を過ぎてからは、年齢による衰えや、長年に渡って身体を酷使していたことによる消耗との戦いだった。しかし、オリンピックでメダルを3つも獲得できたことは、自身の柔道人生としては大変幸せなことだと考えている。自分にとっての一生の財産になると思う。」と今までの柔道人生を感慨深く振り返った。

今後については、「指導者としての道を進みたい。柔道を通して経験したことを若い選手や世界を目指して頑張っているトップアスリートたちに伝えたい。今までの恩返しをしていきたい。」と語る野村氏。

株式会社ミキハウス代表取締役社長の木村氏も、野村氏のセカンドライフをできる限りサポートしていきたいとの意向を述べた。

全日本柔道連盟オフィシャルパートナーの東建コーポレーション株式会社 左右田 鑑穂社長は、「野村氏には、日本や世界柔道の善き指導者として、長く考えれば日本を背負っていくリーダーとして頑張ってもらいたい。」とエールを送った。

目標を新たに歩み始めた野村氏の今後の活躍に期待する。

引退報告会の模様

  • 野村忠宏氏@
  • 野村忠宏氏A
  • 株式会社ミキハウス 木村皓一社長
  • 東建コーポレーション株式会社 左右田鑑穂社長
  • 全日本柔道連盟 山下泰裕副会長と野村忠宏氏
  • 吉田秀彦氏と野村忠宏氏
  • 野村忠宏氏とミキハウス所属選手
  • 会場風景@
  • 会場風景A

8月31日:野村忠宏 引退会見「柔道こそ自分の人生」

野村忠宏 引退会見「柔道こそ自分の人生」

オリンピックで柔道史上初の3大会連続金メダルの偉業を成し遂げた野村忠宏(ミキハウス)40歳が、8月31日(月)に大阪市内のホテルで記者会見し、現役引退が発表された。

オリンピック3連覇を達成した後、度重なる怪我に悩まされながらも戦い続けてきた野村忠宏。

満身創痍になっても柔道に向き合い40歳となった姿を家族が見守るなか、先日(8月29日)現役最後の大会を迎え、1回戦・2回戦共に野村らしい投げ技での一本勝ち。迎えた3回戦は開始から26秒に一本負けした。会場に訪れた大勢の人から拍手を受け、深く頭を下げながら37年の競技生活に幕を下ろしている。

記者会見でも「最後の大会で野村の代名詞である『背負い投げで一本勝ち』ができて誇りに思う。畳に投げられた瞬間は『やられた、投げられたな』と、少し切ない寂しい気持ちになった。負けはしましたが、自分のなかではすっきりした」と、先日行なわれた試合を振り返った。

また「試合後に『お疲れさん』、『ありがとう』と多くの労いの言葉を掛けられて、自分の柔道人生は多くの人に見守ってもらえた。やってきて良かった。自分の柔道を貫いてきて良かったと思いました」と、ファンへの応援、労いに対する感謝を綴った。

今後については、「3歳から町道場で柔道を始め、弱かった時代もあった。天理大学で細川先生に育ててもらいチャンピオンにもなった最強時代があった。柔道を通じて色々なものを経験したこと、感じたことを自分だけのものとはせず、技術を含め、若い選手や世界を目指す選手に伝えたい。海外で教えるのも、世界に目を向けるのも楽しみ。柔道だけでなく広い目でスポーツ界という活躍の場も。また、オリンピックは特別な舞台。何らかの良い形で関われれば嬉しい」と語った。

何度も大怪我を負いながらも復活した柔道人生に「ありきたりな表現だけど、僕にとって柔道は人生。運動神経も良くなかった。特別勉強もできるわけでもなかった。そんななか唯一頑張れたのが柔道。親父にも『もうやらんでもいいぞ』と言われたけど、柔道が自分に与えてくれたものは、いっぱいある。自分に誇りにできるものを手に入れた。柔道こそ自分の人生だと言えます」と感慨深そうに振り返った。

様々な試練を乗り越えて得た諦めない心気力は、今後も財産として多くの後輩に伝わっていくだろう。

  • 野村忠宏引退記者会見の様子@
  • 野村忠宏引退記者会見の様子A
  • 野村忠宏引退記者会見の様子B
  • 野村忠宏引退記者会見の様子C
  • 野村忠宏引退記者会見の様子D
  • オリンピック3大会金メダル

また現役引退について、野村忠宏と縁があり叔父でもあるミュンヘンオリンピック金メダリストの野村豊和をはじめ、ロサンゼルスオリンピック金メダリストでアトランタオリンピックコーチの細川伸二、そして父・野村基次より、以下の労いの言葉が送られている。

野村豊和(叔父/ミュンヘンオリンピック金メダリスト)

野村豊和

いつかこのとき(現役引退)が来ると思っておりました。本人が決めたことなので、最高の時期だと思います。

最初にオリンピック出場が決まった1996年のアトランタは、心配で気持ちに迷いが無いか確かめたのを今でもよく覚えています。

40歳まで現役を続行するという過去の日本柔道界に例を見ない大きなチャレンジは、素晴らしいことです。自分に妥協せずにここまでやるのは大変なこと。本当に良く頑張ったと誉めたいです。

個人的には今後、実業家や政治家に挑戦しても良いのではないかと思いますが、本人が思うように生きるのが一番。本当に御苦労さんでした。少しは休んで新たな道を進んで下さい。

細川伸二(恩師、天理大学教授/ロサンゼルスオリンピック金メダリスト)

細川伸二

現役引退を聞いて、いつかは来ると思っていましたが、「ついにきたか」と思いましたね。

40歳まで現役を続けてきたことに尊敬しています。世界中にいるたくさんのアスリートの見本になったのではないでしょうか。

振り返れば、一番印象に残っている試合は最初にオリンピック金メダルを獲得した1996年のアトランタ。代表決定後に怪我をして、実戦練習無しで現地(アトランタ)に行ったのを今でもよく覚えています。

負けたらコーチの私が責任を取る覚悟でしたが、一戦一戦試合をしながら強くなっていきましたね。これが彼の伝説の始まりでしたよ。

今後はやはり立派な指導者、尊敬される人物になってほしいですね。でも、人生はこれから。本当によーやった。お前の評価も今からだぞ。

野村基次(父/元天理高校柔道部監督、奈良県柔道連盟 副会長、奈良県道場連盟 会長)

野村基次

現役引退を聞いたときは残念と思う以上に、ホッとしました。

真の柔道家を目指し、それを達成するには最高の勝利を得て技を極めることも大切ですが、負け続けながらも極限まで鍛え戦い続けたことによって、勝利だけでは得ることのできなかった大きな柔道精神を修得できたことと思います。負け続けたことによって立派な柔道家に成長してくれたのではないでしょうか。

21歳で初出場した1996年のアトランタオリンピック。2回戦で前年度の世界柔道選手権大会覇者・オジョギン選手との一戦は、残り時間10秒余りで奇跡的な背負い投げでの大逆転勝利。勝負に対する執念を見ることができました。今でも一番印象に残っている試合です。

豊徳館野村道場は来年開設80周年を迎えます。また、全日本柔道連盟において少年柔道協議会が設立されました。少年柔道の育成発展のために、また貴重な選手経験を現役の若い選手のために、今後は協力・指導にあたってくれれば大変嬉しく思います。

今までは自分のために極限まで努力し続け、完全燃焼でしたね。これからは自分の修得した部分をすべての人のため、世のために役立てる人生を送って頂きたいと思います。人の喜びは自分の喜びとして、人生最後まで真の柔道家を目指し、これからも努力して頂きたいですね。

素晴らしい柔道を見せて頂き、父親としても柔道家としても感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとう。

8月29日:野村忠宏、現役最後の大会「負け方も一本、勝ち方も一本」

野村忠宏

8月29日(土)にベイコム総合体育館(兵庫県)にて「第45回全日本実業柔道個人選手権大会」が開催され、先日、自身の公式サイトで現役引退を発表をした男子60kg級に出場の野村忠宏(ミキハウス)が椿龍憧(ALSOK新潟)に破れ、3回戦で敗退した。

野村は、一昨年の全日本実業柔道個人選手権大会では4強入りして講道館杯全日本柔道体重別選手権大会の出場権を獲得したが、右肩を痛めて欠場。今回はそれ以来2年ぶりの大会出場となった。

1回戦では、開始10秒で左一本背負いが決まり、観客の度肝を抜く圧巻の勝利。続く2回戦では得意の背負い投げで2試合連続の一本勝ちと、最後まで存在感を示した。

ベスト16となる3回戦では開始26秒、椿の腰車で一本負け。敗れはしたものの、試合終了と同時に会場は割れんばかりの歓声と拍手が鳴り止まなかった。それは勝者への称賛と野村に対する賛辞や労いだったにちがいない。

試合後の記者会見で野村は、「豪快に勝って、豪快に負けた。負け方も一本、勝ち方も一本。そういう自分の柔道人生だった。世界選手権、オリンピックと自分をチャンピオンにしてくれた左の一本背負いと、右の背負い投げで勝てたのが良かった」と試合を振り返った。

また、「これが今の実力。正直、よくここまでやった。負けはしたけど胸を張って良いと思う。それにいい幕引きかなとも思う。長年酷使してきた体はもう限界。本当はもっとやりたい。柔道に関しては、永遠に燃え尽きることがない」と、時折涙を浮かべながら話した。

現役最後の大会を終えた野村は、8月31日(月)に大阪市内で引退記者会見を開く。

  • 野村忠宏 試合前の練習風景@
  • 野村忠宏 試合前の練習風景A
  • 野村忠宏 試合前の練習風景B
  • 1回戦 野村忠宏vs上田卓@
  • 1回戦 野村忠宏vs上田卓A
  • 1回戦 野村忠宏vs上田卓B
  • 1回戦 野村忠宏vs上田卓C
  • 2回戦 野村忠宏vs阿部泰博@
  • 2回戦 野村忠宏vs阿部泰博A
  • 2回戦 野村忠宏vs阿部泰博B
  • 2回戦 野村忠宏vs阿部泰博C
  • 2回戦 野村忠宏vs阿部泰博D
  • 2回戦 野村忠宏vs阿部泰博E
  • 2回戦 野村忠宏vs阿部泰博F
  • 3回戦 野村忠宏vs椿龍憧@
  • 3回戦 野村忠宏vs椿龍憧A
  • 3回戦 野村忠宏vs椿龍憧B
  • 3回戦 野村忠宏vs椿龍憧C
  • 3回戦 野村忠宏vs椿龍憧D
  • 3回戦 野村忠宏vs椿龍憧E
  • 3回戦 野村忠宏vs椿龍憧F
  • 3回戦 野村忠宏vs椿龍憧G
  • 3回戦 野村忠宏vs椿龍憧H
  • 野村忠宏 試合終了後記者会見の様子

8月24日:野村忠宏が現役引退を発表

オリンピックで前人未到の三連覇を達成した野村忠宏

柔道男子の軽量級エースとして日本を引っ張り、国内外で活躍した野村忠宏が、8月24日(月)に自身のオフィシャルサイトにて、現役引退を発表した。

野村は、得意の背負い投げを武器にオリンピックでは前人未到の三連覇を達成。全日本選抜柔道体重別選手権大会では、男子60kg級歴代1位の記録となる6回の優勝を誇るなど、数々の実績を残している。

野村忠宏の主な戦績

【柔道競技(五輪)】
1996年 60kg級:金メダル(アメリカ:アトランタ)
2000年 60kg級:金メダル(オーストラリア:シドニー)
2004年 60kg級:金メダル(ギリシャ:アテネ)
【世界柔道選手権大会】
1997年 60kg級:金メダル(フランス:パリ)
オリンピックで前人未到の三連覇を達成した野村忠宏
オリンピックで前人未到の三連覇を達成した野村忠宏

北京オリンピックで4連覇に期待のかかった野村だったが、前年(2007年)に右膝の靱帯を断裂。怪我との戦いの連続で2008年、2012年と続けてオリンピック出場を逃してもなお、怪我と向き合い現役を続行した。

怪我から復帰後は国際大会で優勝するなど、一時復調の兆しも見えたが、怪我の再発によりなかなか結果が出せず、以降は治療に集中していた。

2015年8月29日(土)にベイコム総合体育館(兵庫県)で開催される「第45回全日本実業柔道個人選手権大会」で現役最後の試合に臨み、40歳まで続けた現役生活に幕を閉じる。

野村忠宏インタビュー

野村忠宏

アトランタ・シドニー・アテネオリンピック金メダリスト

史上初アトランタ、シドニー、アテネオリンピックの柔道競技3連覇を達成した野村忠宏氏。ご自身の子供時代のお話から、試合に勝てなかった苦労時代など話をお伺いしました。

戦績

    • 1995年
      • ドイツ国際柔道大会 60kg級 優勝
      • 講道館杯全日本柔道体重別選手権大会 60kg級 3位
    • 1996年
      • ハンガリー国際柔道大会 60kg級 2位
      • チェコ国際柔道大会 60kg級 優勝
      • 全日本選抜柔道体重別選手権大会 60kg級 優勝
      • アトランタ柔道競技(五輪) 60kg級 優勝
    • 1997年
      • ロシア国際柔道大会 60kg級 優勝
      • 嘉納治五郎杯東京国際柔道大会 60kg級 優勝
      • 全日本選抜柔道体重別選手権大会 60kg級 優勝
      • 世界柔道選手権大会(フランス:パリ) 60kg級 優勝
    • 1998年
      • 全日本選抜柔道体重別選手権大会 60kg級 2位
      • 嘉納治五郎杯東京国際柔道大会 60kg級 3位
    • 1999年
      • 講道館杯全日本柔道体重別選手権大会 60kg級 優勝
      • 全日本選抜柔道体重別選手権大会 60kg級 2位
    • 2000年
      • フランス国際柔道大会 60kg級 優勝
      • 全日本選抜柔道体重別選手権大会 60kg級 優勝
      • シドニー柔道競技(五輪) 60kg級 優勝
    • 2003年
      • 全日本選抜柔道体重別選手権大会 60kg級 優勝
      • 世界柔道選手権大会(日本:大阪) 60kg級 3位
    • 2004年
      • フランス国際柔道大会 60kg級 優勝
      • 全日本選抜柔道体重別選手権大会 60kg級 優勝
      • アテネ柔道競技(五輪) 60kg級 優勝
    • 2006年
      • チェコ国際柔道大会 60kg級 優勝
    • 2007年
      • 全日本選抜柔道体重別選手権大会 60kg級 優勝
    • 2008年
      • ドイツ国際柔道大会 60kg級 2位
      • 全日本選抜柔道体重別選手権大会 60kg級 3位

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日本柔道を牽引してきた野村忠宏が現役引退を発表した。柔道男子60kg級でアトランタオリンピック、シドニーオリンピック、アテネオリンピックの3大会で金メダルを獲得。オリンピックの柔道史上の初となる三連覇を達成するなど輝かしい戦績を残している。
2008年、2012年のオリンピック出場は叶わなかったが、現役にこだわり続ける姿勢が多くの感動を与えた。西山将士は自身のオフィシャルサイトで、2015年8月29日(土)に開催される「第45回全日本実業柔道個人選手権大会」を現役最後の試合とすることを伝えている。

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