嘉納治五郎の経歴(年表)

「柔道の父」「オリンピックの父」として後世に名を残す嘉納治五郎の生涯を年表にしました。年表には、「治五郎に関連する出来事」を年代順に並べ、「当時の治五郎の年齢」を併記しています。
年表を見ていると、治五郎の生涯の中で様々な発見をすることができるでしょう。例えば、治五郎が柔術の道場に入門して柔道を考案するまでにかかった年数は、わずか4年間なのをご存知でしたでしょうか。こういった発見により、治五郎がいかに才能にあふれていたか、いかに努力したかが再確認できます。
万延から昭和までを駆け抜けた治五郎の生涯を年表で振り返って、その生き様に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

西暦 年齢 嘉納治五郎に関連する出来事
1860年(万延元年) 0 10月28日、摂津国御影村(現在の兵庫県神戸市東灘区御影)で嘉納次郎作の三男として生まれる
1866年(慶応2年) 6 画家「山本竹雲」と医師「山岸某氏」のもとで漢学と習字を習う
1868年(明治元年) 8 勝海舟との出会いを通じて、「人生の目標」について考える
1869年(明治2年) 9 母・定子が亡くなる
1870年(明治3年) 10 東京で働く父のもとで暮らしはじめる
1871年(明治4年) 11 成達書塾に入塾し、書を学ぶ
1872年(明治5年) 12 三叉学舎に入塾し、英書を学ぶ
1873年(明治6年) 13 育英義塾に入塾し、洋学を学ぶ
1874年(明治7年) 14 官立外国語学校(現・東京外国語大学)に入学する
1875年(明治8年) 15 官立外国語学校を卒業し、官立開成学校(現・東京大学)に入学する
1877年(明治10年) 17 ・官立開成学校が東京帝国大学に改称されると、文学部1年に編成される
・「天神真楊流」柔術の福田八之助に入門する
1879年(明治12年) 19 「天神真楊流」柔術の磯正智に入門する
1880年(明治13年) 20 会得した柔術を発展させ「柔道」を考案する
1881年(明治14年) 21 「起倒流」柔術の飯久保恒年に入門する
1882年(明治15年) 22 ・東京の永昌寺に「講道館」と「嘉納塾」を創設する
・学習院の講師に就任する
1883年(明治16年) 23 「天神真楊流」柔術の井上敬太郎道場で西郷四郎と出会い、講道館にスカウトする
1884年(明治17年) 24 西郷四郎と富田常次郎に、講道館柔道における初段の段位を与える
1889年(明治22年) 29 ・嘉納塾の塾生たちに「遺訓」と題した講義を行なう
・西洋の教育事業視察のためにヨーロッパに派遣される。上海経由でパリ、ベルリンを訪問する。
1890年(明治23年) 30 ウィーン、コペンハーゲン、ストックホルム、アムステルダム、ロンドンを訪問する
1891年(明治24年) 31 ・カイロ経由で帰国する
・竹添須磨子と結婚する
・熊本に転勤して、第五高等中学校(現・熊本大学)の校長に就任する
1893年(明治26年) 33 帰京して、高等師範学校(現・筑波大学)の校長に就任する
1896年(明治29年) 36 清(現・中国)の留学生との交流をはじめる
1902年(明治35年) 42 清の留学生のための学校「宏文学院」を設立。学問に加えて柔道も指導する
1909年(明治42年) 49 アジア人初のIOC(国際オリンピック委員会)委員に就任する
1911年(明治44年) 51 ・大日本体育協会(現・日本スポーツ協会)を設立し、会長に就任する
・オリンピックの予選会で陸上選手「金栗四三(かなくりしそう)」と出会う
1912年(明治45年) 52 ・日本初参加となったストックホルムオリンピックに、日本選手団の団長として参加する
・オリンピックを現代に甦らせた功労者「ピエール・ド・クーベルタン」と初対面を果たす
1919年(大正8年) 59 講道館の額(治五郎の直筆)を完成させる
1920年(大正9年) 60 アントワープオリンピック大会に出席する
1922年(大正11年) 62 講道館文化会を創立。「精力善用」「自他共栄」を発表する
1928年(昭和3年) 68 アムステルダムオリンピック大会に出席する
1932年(昭和7年) 72 ・ロサンゼルスオリンピック大会に出席する
・ロサンゼルスでのIOC総会にて演説を行なう
1933年(昭和8年) 73 ウィーンのIOC総会にて演説を行なう
1934年(昭和9年) 74 アテネのIOC総会にて演説を行なう
1936年(昭和11年) 76 ベルリンのIOC総会で、第12回オリンピック大会(1940年/昭和15年)の開催地が東京に決定。治五郎のオリンピック誘致に向けての活動が実を結ぶ
1938年(昭和13年) 77 ・カイロのIOC総会後、各国のIOC委員を訪問する
・ラジオ放送で「スポーツを通じて平和な世界の実現を目指しましょう」と、日本国民に呼びかける
・バンクーバーから帰国するために乗船した氷川丸の船中で肺炎にかかり亡くなる
嘉納治五郎師範 没後80年式典・偲ぶ会

2018年4月28日(土)に「嘉納治五郎師範 没後80年式典・偲ぶ会」が行なわれ、東建コーポレーションから今回の式典に合わせ特別に制作された日本刀(刀剣)が献納されました。

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こちらは、柔道チャンネル「嘉納治五郎の経歴(年表)」のページです。嘉納治五郎の生涯にわたる活動や功績が、一目で分かるよう年表にてご紹介しています。治五郎が才能にあふれているだけではなく、いかに努力家であったかを窺い知ることができるこの年表で、彼の軌跡を振り返ってみてはいかがでしょうか。柔道チャンネルは柔道施設の検索や柔道情報の発信を通じて、日本の柔道を応援しています。

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