著名な柔道家インタビュー

吉田秀彦 バルセロナオリンピック金メダリスト その1

1992年のバルセロナオリンピックにおいて、見事金メダルを獲得し、2011年4月に実業団の監督として柔道界に復帰した吉田秀彦さん。 そんな吉田さんに柔道との出会いやオリンピックでのエピソード、これからの活動などを中心にお話を伺いました。

吉田秀彦氏

プロフィール

  • 生年月日:1969年9月3日 出身地:愛知県大府市 身長:180cm
  • 主な戦歴

    • 1988年 |
      アジア柔道選手権大会(シリア:ダマスカス) 78kg級 優勝
      1990年 |
      嘉納治五郎杯東京国際柔道大会 78kg級 優勝
      1991年 |
      講道館杯全日本柔道体重別選手権大会 78kg級 優勝
      全日本柔道選手権大会 3位
      世界柔道選手権大会(スペイン:バルセロナ) 78kg級 3位
      1992年 |
      全日本選抜柔道体重別選手権大会 78kg級 優勝
      バルセロナオリンピック柔道競技 78kg級 優勝
      1993年 |
      フランス国際柔道大会 78kg級 優勝
      世界柔道選手権大会(カナダ:ハミルトン) 78kg級 2位
      1994年 |
      全日本柔道選手権大会 2位
      嘉納治五郎杯東京国際柔道大会 86kg級 優勝
      講道館杯全日本柔道体重別選手権大会 86kg級 優勝
      1995年 |
      フランス国際柔道大会 86kg級 優勝
      全日本選抜柔道体重別選手権大会 86kg級 優勝
      世界柔道選手権大会(日本:千葉) 86kg級 2位
      1996年 |
      全日本選抜柔道体重別選手権大会 86kg級 優勝
      1997年 |
      全日本選抜柔道体重別選手権大会 86kg級 2位
      1998年 |
      講道館杯全日本柔道体重別選手権大会 90kg級 優勝
      1999年 |
      全日本選抜柔道体重別選手権大会 90kg級 優勝
      世界柔道選手権大会(イギリス・バーミンガム) 90kg級 優勝
      2000年 |
      全日本選抜柔道体重別選手権大会 90kg級 優勝
      2001年 |
      講道館杯全日本柔道体重別選手権大会 100kg級 2位

柔道との出会い

吉田秀彦氏柔道に出会ったのは、小学校4年生。地元、愛知県大府市にある大石道場の勧誘チラシを見た親父にやれと言われて始めたのがきっかけでした。

柔道の印象は、暑苦しくて臭かったことと、なんでこいつらこんなに強いんだろうってことを覚えています。

ケンカは負けたことが無かったので自信があったんですが、柔道は別物でしたね。

大きいからとか力が強いから勝つわけではないことに気付かされて、奥が深いなと感じました。

道場に通い始めて最初に習ったのは受身でしたね。しかし、小学生の頃は休み時間などに友達に教えてもらって前回り受身を遊びでやっていたものですから、道場でやらされたときには受身は完璧でしたよ。

そこから1ヵ月くらい受身をやらされたあとに、ようやく教えてもらったのが大外刈でしたね。

内股は、テレビでやっている柔道番組を見て、見様見真似で始めたのがきっかけだったんですけど、最初は頭から突っ込んで反則負けとか、巴投かけたら上に乗っかられてそのまま押さえ込まれて負けたりとか色んなことを試していましたよ。

講道学舎での思い出

講道学舎は、中学3年生の頃、大石道場の石田先輩(現・大成高校柔道部監督)が先に入っていたため、同級生である神谷(現・大成中学校柔道部監督)と一緒に受けに行ったんです。

神谷は非常に強かったのですが、僕は実績が無かったから、オマケのような形で付いて行ったのに、神谷は入部せず知らないうちに僕だけが入ったんですよ。

講道学舎へ来た当時は、65kg級だったので、ヒョロッとしてたし、先輩たちに投げやすいと言われていました。なので、受身は10段でしたよ(笑)。

講道学舎は、全国から強い選手達が集まってきてたので、その中でも僕は下の下だったし、実績も無く入部したのですごくしんどかったですね。

東京への憧れと親父と離れられるからいいかなと思って、転校を決断したんですが、楽しみで行ったはずが現実はそう甘く無かったですね。

毎日、朝から練習漬けで自分の時間っていうのは一切無かったからですね。タイガーマスクで言うと、「虎の穴」のような場所でした。

当時、講道学舎でコーチをされていた吉村和郎先生(現、全日本柔道連盟強化委員長)は非常に怖かったですよ。タイガーマスクで言うと、吉村先生が冷酷かつ残忍な「ミスターX」で、僕は過酷なトレーニングに耐える「伊達直人」でしたよ(笑)。

練習のときの吉村先生の顔は、今のような穏やかな顔じゃなかったからですね。本当に鬼みたいな顔してましたよ。当時、警視庁に勤めておられ、「これで警察官かよ!」って思いましたが、よく稽古をつけてくれましたし、色々なことを教えてもらいましたよ。

途中でやめたいと思ったこともあったんですが、地元の石田先輩が活躍していたし、東京から「逃げて帰って来た」と思われるのも嫌でしたので、なんとしても早く講道学舎を卒業しようとそればかり考えていました。

学生時代に印象に残った大会

吉田秀彦氏 世田谷高校時代に高校団体3冠を2年連続でやったことですかね。そのとき、チームメイトには体のデカいやつがいなかったから、決して個々の力は強く無かったけど、団体においては結束力で勝ちましたね。

伝統的に負けちゃいけないというのを植え付けられてたから、それぞれが与えられた仕事をこなす(勝つ)ことを心がけてやってました。

僕は、体が小さかった分、勝つ気持ちだけは相手に負けたくなかった。やはり柔道は気持ちで負けたら終わりなので。

やっぱり吉村和郎先生(現、全日本柔道連盟強化委員長)からも、攻めて負けることはしょうがないけど、守りに入って負けたときはすごい怒られていました。なので負けるのが嫌というよりも、試合が終わって吉村先生とかに怒られる方が嫌で、みんな必死にやっていたところもありますね(笑)。

※2011年3月現在


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