著名な柔道家インタビュー

山下泰裕東海大学体育学部長インタビューその2

この4月に東海大学体育学部長に就任した山下泰裕氏。

柔道界の顔として、日本のみならず世界中で活躍されてきた山下氏に、現在、大事にしていること、プーチン氏との交友エピソード、現役時代の思い出話など、幅広い内容のお話をお聞きしました。

山下泰裕氏

世界の柔道のため、年間100日を海外で

山下泰裕氏国際柔道連盟の教育コーチング理事の頃(04年〜07年)は、年間100日ぐらいは海外でした。しかも、全柔連の強化副委員長という立場での活動はほとんどせず、世界の柔道のために飛び回っていた。日本の柔道のために行ったのは、そのなかのほんの10日間ぐらいかもしれません。
国際柔道連盟の立場で行くこともあれば、日本の外務省からの依頼によるもの、あるいは国際交流基金とか、NPOの立場で行ったこともありました。逆に外国から来る人たちも東海大学で受け入れていましたから。それで言うと、その時期、かなりアクティブに行動していたんじゃないかと自分でも思いますね。
ただ、体はひとつしかないですから、自分一人で飛び回っていたらやれることもほんの少しになってしまう。だから、そういうニーズに応えながらいろんな教材を作って無償で配布したり、リサイクル柔道衣を贈ったり、あるいは指導者を派遣したり。国際オリン五輪ピック委員会や全日本柔道連盟をはじめ、いろんな組織の力を借り、資金的な協力を受けながらやっていくことを大事にしていました。私一人が300日使ったって、自分だけでやれることには限界があるし、そんなことをしていたら、いずれ倒れてしまう。それまでは、活動のための資金まで自分で集めようとしていましたから。
NPOを創ったのは、そういった柔道普及活動のための資金調達という一面もあるわけです。トヨタの奥田碩相談役と本を出版したりという活動をしていく中で、奥田さんの秘書の方から「山下さん、あなたがやられていることは素晴らしいと思うけど、どうも見ていると、あなたのエネルギーが本来やるべきことよりも、それをやるための資金集めのために使われてしまっている感じがする。小さくてもいいから広く、浅く、多くの人から協力してもらえるような組織を作ったらどうですか?」というふうに言われたんです。
それまではそんなことは考えたこともなかったんですね。それを聞いて、組織って何だろうとか、自分なりにいろいろと考えていくうちに、改めて、これは自分だけでやっていくには限界があるなと。それで、NPOを立ち上げようと思ったわけです。奥田さんご本人にも相談して、「ああ、いいじゃないか」ということで支援して頂いて、この組織ができあがりました。組織ができあがってすぐに、東建コーポレーションの左右田社長にもお話ししたら、「うちも協力しよう」ということでずっとこの活動に対してご理解を頂き、ご支援を頂いているわけです。

プーチン首相との交流

先日、プーチン氏がロシア語で書いた柔道の本が、英語版、フランス語版、イタリア語版、ドイツ語版ではできているけど、日本語版がないということで、ロシアの友人から、「プーチン首相の訪日に合わせて、これを日本語版で出版してほしい、NPOで協力してくれないか」という話があった。それで、来日に合わせて出版し記念パーティを行なったところ、首相はモンゴルに行くスケジュールを1日延ばしてまで出席して下さった。外交スケジュールを変えることは普通では考えられないことなんですが、それがプーチンさんの柔道に対する思いだと思うんです。
私がプーチンさんと初めてお会いしたのは2000年の9月。プーチンさんが大統領になって初めて日本に来られ、森喜郎元総理と首脳会談をやられたときでした。日本滞在中に半日時間があり、たいていの大統領はそういったときには日本の先端企業の技術力を見たいと言うらしいのですが、プーチンさんは「ぜひ講道館に行きたい」と言って、実際に講道館に来られた。そのときに、お出迎えをしたのが最初でした。

素晴らしい柔道家、プーチン

山下泰裕氏スケジュール的に厳しかったこともあり、できれば首相には柔道衣を着てほしくない、勧めないで下さい、と外務省から言われていたのですが、エレベーターで上がってこられたとき、プーチンさんはご自分で柔道衣を抱えていて、来客室にご案内したらすぐに「どこで着替えたらいいかな」と(笑)。さらにプーチンさんは「講道館に来ると、我が家に帰ってきたような気がする。それは私だけじゃない。世界中の柔道家にとってそうだ。同じ気持ちだ。なぜなら世界中の柔道家にとって講道館は、大事なふるさとだからだ。隣に座っている森さん(元総理大臣)は柔道じゃなくて、どうもボールゲームが好きみたいだ」とおっしゃった。そして、「今日のゲストは私じゃない。私は同じ仲間だ。今日のゲストは森さんだろう」とまで言うわけですよ。これを聞いて、さすが一流の人は、人を惹き付ける話をされるなぁと痛感しましたね。
さらに衝撃が走ったのは、柔道のデモンストレーションをご自分でやられたあと、嘉納行光館長が6段の証書を差し上げたとき。証書は喜んで受け取ったのですが、6段の紅白の帯を差し上げて「良かったらその黒帯をはずして、この帯を締めて下さい」というと、プーチンさんはそれを断った。一瞬「なぜ?」という雰囲気が流れて、サービス精神がないなぁ、ほどいて紅白の帯に替えればいいのにと思った瞬間に、「私は柔道家です。この6段の重みがよく分かります。私はまだ残念ながらそのレベルではありません。ロシアに帰ってもっと練習を積んで、早くこの帯に相応しい柔道家になりたい」と仰った。これを聞いて、本当に素晴らしい柔道家だなぁと魅せられましたね。
2005年11月に井上康生を連れ、去年の5月には藤猪(省太)先生、柏崎(克彦)先生、森脇(保彦)先生ら、日本が不出場だった幻のモスクワ柔道競技(五輪)(関連リンクメンバーでロシアに行きましたが、首相になったばかりで一番忙しいプーチンさんがわざわざ私たちのために、迎賓館で晩餐会を開いてくれた。みんなすっかりプーチン信者ですよ。でもそれは単に一緒に食事をしたからじゃなくて、柔道に対する思い、柔道に対する正しい認識、日本に対する思い、そしてその語り方。そういうところすべてを見て、その人柄に魅せられ、惹かれたからなんです。

柔道家として大事なこと

われわれ柔道家にとって大事なことは、柔道を通して体得したもの、学んだものをいかに人生で活かしていくかだと思うんですね。プーチン首相にしても柔道で学んだことを土台にして、人生の素晴らしい実を実らせて、素晴らしい活動をされている。柔道でチャンピオンになればいいというものではない。たとえチャンピオンになれたとしても、それをいかにその後の人生に活かしていくか。そして、チャンピオンになれなかったとしても、それをいくらでも人生の中で活かしていく方法がある。だから「道」と付いているんですよね。そこのところを、柔道家はみんな大事にしてほしい。柔道だけじゃなくて「道」が付くものを大事にしている人たち、やっている人たち、あるいはスポーツマンはそういうものを、もっと大事にしてほしいですね。

※このインタビューは、2009年6月5日に行なわれたものです。


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