著名な柔道選手インタビュー

  

王子谷剛志1/2

2016年(平成28年度)講道館杯全日本柔道体重別選手権大会で優勝して以降、好調を維持し続けている王子谷剛志選手(旭化成)。
王子谷選手はこれまでどのようにして柔道と向き合ってきたのでしょうか。2017年ブダペスト世界柔道選手権大会(ハンガリー)の男子100kg超級代表にも選ばれ、快進撃を続ける王子谷剛志選手にお話を伺いました。

  • Increase Text Size
  • Increase Text Size
  • Decrease Text Size

柔道を始めたきっかけ

柔道を始めたきっかけ

井上康生先生の柔道を見たこと、それが柔道を始めたきっかけです。

私の父が柔道をしていたため、柔道の観戦が好きでした。私が家でご飯を食べているときには必ず柔道の試合が流れていて、その中で戦っていたのが井上先生です。その姿を見て、気が付いたら「やってみたい」という気持ちになっていました。

その後、大阪府にある「やまびこ少年柔道クラブ」で柔道を始めたのですが、通い始めた頃は体を使いこなすことが難しくて、前回り受身もうまくできませんでしたね。ただ私は、それで恥ずかしさを感じるタイプではなく「できるまでやる」というタイプだったので、家で両親に見てもらいながら練習を重ねてきました。

父からは払腰や大外刈といった大きな柔道を教わりました。また精神面では、「相手を叩き潰すくらいの気持ちで戦わないとダメだ!」といつも言われていたので、そういった気持ちの強さは今でも持っていると思っています。

中学校は憧れの人が通った学校へ

中学校は憧れの人が通った学校へ

幼い頃は、あまり「これがしたい!」と主張するような子供ではなかったのですが、進学する中学校は自分の意思で決めました。

それが、私立東海大学付属相模中学校。「憧れの井上先生が通っていた学校に進学したい!」という強い気持ちがあったのです。

すでにスカウトが来ているということと、そして「行きたい」という気持ちがあることを両親に伝えると、「行って来い」と、気持ち良く送り出してくれました。

そして中学に進学し、柔道部での練習に勤しんでいたのですが、そこで林田和孝総監督から「払腰では通用しないから大外刈を磨きなさい」と指導を受けました。小学生の頃の私の決め技は8割が払腰、2割が大外刈だったので、我慢してそこを切り替えていくことに、とても苦労したのを覚えています。

さらに林田総監督は、寝技の技術が必要になるということも教えてくれました。その練習の成果が出たのか、3年時の2007年(平成19年度)全国中学校柔道大会で3位入賞した際には、すべての勝ち試合が寝技での勝利でした。

中学生時代は、そういった今につながる技術を習得した時期だったのだと思います。

悔しさを残した高校時代

悔しさを残した高校時代

高校はそのまま東海大学付属相模高校(以下、東海大相模高校)に進学。高校生になって多くの大会で結果を残すことができました。その理由には、継続してきたことが活かせるようになったこともありますが、それだけではないと思っています。

私が最も恵まれていたのは、先輩や後輩に強い選手がいたことでした。ひとつ上の先輩には、今年のブダペスト世界柔道選手権大会(ハンガリー・以下、世界選手権)代表に選ばれた羽賀龍之介選手(旭化成)や、橋本壮市選手(パーク24)、ひとつ下の後輩にも同じく代表に選ばれている高藤直寿選手(パーク24)がいました。

そういった意識の高い選手と一緒にいることで、「意識を高く持たなければならない」という自覚が私にも芽生えましたね。私1人だけが強いチームだったら、きっとこれ以上の成長はなかったと思います。

高校3年のときには、2010年世界ジュニア柔道選手権大会(モロッコ・以下、世界ジュニア)男子100kg超級で優勝。初めての世界一です。

周囲の人からは「お前はまだ世界では勝てない」と言われていたのですが、接戦に次ぐ接戦で勝ち進み、たどり着いた決勝の相手は、当時東海大学に在籍し、先輩だったワン・ハオ選手(中国)。

以前、東海大相模高校の練習にハオ選手が来たときには、完膚なきまでに叩きのめされており、「この選手には絶対に勝てない」と思っていたのですが、「攻撃を凌げばチャンスがある」と信じて戦った結果、有効を奪って勝つことができました。

勝利したときは、「やってしまった」という驚きの気持ちの方が強かったですね。帰国後、林田総監督にも驚かれたことを、今でも鮮明に覚えています。

高校時代で最も印象に残っているのは、3年生のときに挑んだ高校三大大会の団体戦ですね。

私が1、2年時の2008年、2009年に、東海大相模高校は高校三大大会の団体三冠を成し遂げましたが、3年時のときには、3つの大会すべてで国士舘高校に敗れてしまいました。

東海大相模高校にあった各大会の優勝旗を、3本とも返さなければならなかったことが本当に悔しかったのを今でも忘れられません。このときの悔しい気持ちが、高校時代の1番の思い出ですね。

苦労の末掴んだシニアでの日本一

苦労の末掴んだシニアでの日本一

高校の団体戦で負けた悔しさを抱えたまま、私は東海大学へと進学しました。2011年(平成23年度)全日本学生柔道優勝大会で団体優勝し、続くユニバーシアード競技大会柔道競技(中国)の個人戦も優勝を目指していました。

しかし結果は3位。決して満足できるものではありませんでしたが、その後2011年世界ジュニア(南アフリカ)の100kg超級で優勝することができました。

この優勝によって、「まだこれから」という気持ちになることができました。あの頃は「強い先輩たちを自分が負かしてやる」という気持ちがモチベーションになっていましたね。

4年生のときに2014年全日本柔道選手権大会(以下、全日本選手権)で初優勝。2、3年生のときは予選で負けてしまい、出場さえできなかったこの大会で、ようやく獲得した出場権を活かすために当時は必死で練習に取り組んでいました。

勝てるかどうかが分からない中での出場だったので、優勝したときは驚きの気持ちの方が強かったです。高校3年時(2010年)に世界ジュニアで優勝したときの感じを思い出しましたね。

 

インタビュー:2017年6月

このページのTOPへ

柔道チャンネル 公式Youtubeチャンネル

柔道チャンネルTVで動画を観る

  • ホームメイトWebサイト10の姉妹サイトへ
  • 柔道チャンネル SNS公式アカウントのご紹介
  • 柔道チャンネル公式Facebook
  • 柔道チャンネル公式Twitter
  • 柔道チャンネル公式YouTube
  • 柔道チャンネル公式Instagram
  • 全日本柔道連盟

  • 弊社は、財団法人全日本柔道連盟(全柔連)のオフィシャルパートナーです

  • 公益財団法人 講道館

  • 東建は、日本伝講道館柔道を通じた青少年育成事業を応援します

  • 柔道ブログ

  • 柔道整復師ブログ

  • 接骨院・整骨院ブログ

柔道整復師情報
柔道整復師情報を詳しく見る
  • 柔道整復専門学校検索

全国接骨院情報
全国接骨院情報を詳しく見る
  • 全国の接骨院・整骨院検索

  • ケータイ版・スマートフォン版
    「柔道チャンネル」へのアクセスはこちら

    ケータイ版柔道チャンネル

  • スマートフォン版柔道チャンネル

今回は著名な柔道選手インタビューとして、王子谷剛志選手にお話を伺いました。父の影響で見た井上康生氏の柔道に憧れ、それをきっかけに柔道に志したと話す王子谷選手。実は幼い頃は前回り受身さえうまくできない子供だったそう。「恥ずかしさを感じず、できるまでやるタイプ。」そう話す王子谷選手は、並々ならぬ努力によって今の場所にたどり着いたのかもしれません。2017年4月には全日本柔道選手権大会男子100kg超級の連覇を達成し、2018年の同大会には憧れの井上康生氏に並ぶ3連覇がかかります。優しそうな表情とは裏腹に、その目は世界の舞台を力強く見据えていました。
柔道チャンネルの著名な柔道選手インタビュー。王子谷剛志選手の今の声をどうぞお楽しみ下さい。

注目ワード