著名な柔道家インタビュー

  

増地克之1/2

桐蔭横浜大学や筑波大学での指導経験を経て、2020年東京柔道競技(五輪)に向け全日本女子監督に就任した増地克之監督。
そんな増地克之監督に、学生・現役時代のエピソードや、東京柔道競技(五輪)に向けた指導計画などを伺いました。

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父の影響で始めた柔道

父の影響で始めた柔道

父親が警察官で、警察署に柔道場があったこともあり、小学校4年生のときに柔道を始めました。週に2回道場に通い、受身など基本的な動作を中心とした練習をしていましたね。小学生の頃のことはあまり覚えていないのですが、地元である三重県津市の柔道大会に出場して優勝したことは記憶に残っています。

柔道を始めた頃は柔道の魅力が分からず、道場に通うことが好きではありませんでした。むしろ、町内会でやっていたソフトボールに魅力を感じていたので、柔道は遊び程度の気持ちでやっていましたね。

柔道の魅力に気付いた中学時代

柔道の魅力に気付いた中学時代

我が家は転勤族で、本来は柔道部のない中学校に入学するはずだったのですが、親の転勤がきっかけで急に県大会で優勝する程の強豪校へ入学することになりました。今思い返すと、「柔道に携わったほうが良い」という神の思し召しだったのかなという気がしています。

その中学校の柔道部は本当に強い先輩ばかりで、1年生のときはレギュラーにはなれませんでした。そして2年生のときにようやくレギュラーの座を掴み、「これからだ」というときだったのですが、そのタイミングでまた転校することになってしまったんです。

しかしそれからは試合にも勝てるようになり、県大会で準優勝と好成績を残すことができて、ようやく柔道の面白みを感じられるようになりました。

現役時代の印象的な大会

現役時代の印象的な大会

現役時代は全日本柔道選手権大会など様々な大会に出場させて頂きましたが、中でも印象的だった大会が1994年の全日本選抜柔道体重別選手権大会ですね。私が持っている以上の力を出すことができ、オール一本勝ちで優勝することができたんです。

「そこでの優勝が私の人生を変えた」と言っても過言ではないと思います。

現役引退後、指導者の道へ

現役引退後、指導者の道へ

新日本製鐵(現・新日鐡住金)を退社し、セカンドライフをどう送ろうかと考えていたところに桐蔭横浜大学柔道部からお声を掛けて頂き、もともと目指していた教員という立場に立たせて頂くことに。それから5年間は吉鷹幸春先生の元でコーチングの勉強し、家も購入して、横浜に骨を埋めるつもりでいました。

そんなある日、母校である筑波大学柔道部の中村良三監督が退職されるということで、私のもとに「筑波に戻ってこないか」というお誘いがありました。しかし桐蔭横浜大学柔道部も力を出し始めていた頃でしたし、私ひとりでは決断することができず、同じ筑波大学出身である吉鷹先生に相談をしました。

すると吉鷹先生は、「もし私に同じような話があれば、筑波に戻る」と仰ってくれました。その一言で吹っ切れて、筑波大学柔道部の監督になることを決意しました。

2015年の全日本学生柔道優勝大会を振り返って

2015年の全日本学生柔道優勝大会を振り返って

筑波大学柔道部の監督に就任し、2015年6月の全日本学生柔道優勝大会(以下、学生優勝大会)では優勝を飾ることができました。優勝できた一番の要因は選手達の頑張りだと思いますが、「これまでの大会で見つけた課題を解決するための指導」が功を奏した結果でもあったと思います。

学生優勝大会は無差別の大会ですから、勝ち進むほど選手は心身共に疲弊していきます。ですから、「どうすれば体力を温存して準決勝・決勝に臨めるか」ということを考えました。

学生優勝大会は7人制の大会ですが、体格が他校より劣る筑波大学は不利になってしまうと思いましたので、選手達にはまず「補欠も含めた12人で戦うんだ」ということを伝えておきました。

出場する7人だけでなく、つどメンバーを変えるなどして、残り5人もしっかりとチームに加わり戦力とすることで、決勝まで選手達の力を温存したい、という考えのもとで試合に臨んでいましたね。

組み合わせに恵まれたこともあり、準決勝までは無失点で進むことができました。準決勝、決勝はどちらに転ぶか分からない試合展開となりましたが、我が校の選手の「勝ちたい」という気持ちが上回ったことで、優勝することができたのだと思います。

もちろん個々の力も強いのですが、このときの筑波大学はチームワークの面でも本当によくまとまった良いチームでした。これはやはり、永瀬貴規選手のリーダーシップが影響した部分が大きかったのかなと感じています。

インタビュー:2016年11月

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柔道大会情報や柔道家・選手紹介など、柔道に関する様々なコンテンツを発信する「柔道チャンネル」。「著名な柔道家インタビュー」では、日本の柔道界を支える柔道家達の貴重なインタビューをお届け致します。今回お話を伺ったのは、2020年の東京柔道競技(五輪)に向け全日本女子監督に就任した増地克之監督。現役時代は95kg超級の選手として活躍し、全日本柔道選手権大会に13回出場を果たすなど、記録的な成績を残しました。現役引退後は、桐蔭横浜大学や母校である筑波大学で指導者を務め、全日本学生柔道優勝大会などでチームを優勝へと導いています。そんな増地克之監督に、指導者になったきっかけやリオデジャネイロ柔道競技(五輪)を見て感じたこと、そして東京柔道競技(五輪)で勝利するための作戦を伺いました。
柔道好き必見の、増地克之監督インタビュー。ぜひお楽しみ下さい。

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