著名な柔道家インタビュー

  

賀持道明1/2

男子ジュニア強化担当ヘッドコーチも務める日本中央競馬会柔道部の賀持道明監督に、柔道を通した人間形成や、社会人として柔道に取り組む姿勢などについて話を伺いました。

「会社に貢献したい」という思いで監督に

「会社に貢献したい」という思いで監督に

私はオリンピック出場を最大の目標に選手生活を続けていました。しかし、バルセロナオリンピック(1992年)、アトランタオリンピック(1996年)と二大会連続で補欠となり、アトランタオリンピックを終えたときには「ここで現役を引退しよう」と心に決めていました。

ちょうどその時期に、日本中央競馬会から選手兼任という形でコーチ就任を打診されました。当時、チームには瀧本誠(シドニーオリンピック81kg級金メダリスト 以下、瀧本選手)がいて、彼をオリンピックに出場させることを新たな目標に、選手兼コーチとして現役を続けることになったのですが、振り返ればこれが私の指導者人生のスタートでしたね。

その後、瀧本選手を無事にシドニーオリンピック(2000年)へ出場させることができ、また、金メダルを獲ってくれたことで、スッキリとした気持ちで現役を引退することができました。引退後は本社から阪神競馬場に転勤を申し出て、約2年間、一人の社会人として仕事を通じて様々なことを学ばせて頂きました。この時期には、もう柔道衣を着ることはないだろうと思っていたのですが、当時の監督から「もう一度コーチとして戻って、自分の次の監督になってほしい」とお誘いを頂きました。

私自身としては、競馬場での仕事にやりがいを感じていましたし、係長に昇進した年でもあったので、「もう少し仕事を頑張らせて下さい」とお断りをしたのですが、何度も何度も競馬場に足を運んで下さり、低迷していた柔道部を本気で立て直したいという想いが伝わってきました。私は現役時代も引退後も、柔道を通じて会社に貢献したいと考えていましたので、自分にできることがあるのであればと、監督を引き受けることになりました。

働きながら柔道をすることに意味がある

働きながら柔道をすることに意味がある

日本中央競馬会柔道部の魅力は、社会人として責任のある仕事を持ちながら、柔道に取り組ませて頂けることです。現在の実業団柔道界はいわゆる「プロ化」が進んでいて、選手時代には仕事をしなくても良いという企業もあります。しかし、私は社会人として、働きながら柔道をすることにこそ意味があるのだと思っていますし、選手たちにも常々そう伝えています。

なにより社会人としての労働意欲は、柔道選手としてのやりがいにも繋がると思います。特に警備や接客を通して、多くの方に安心して競馬を楽しんで頂く環境を確保する我々の仕事は、心・技・体を鍛えている柔道家の長所を活かすことができますし、実際に色々なセクションで柔道部のOBの方や現役選手が活躍しています。

現役選手は基本的に本社に勤務するのですが、3年程で職場異動があるので色々な仕事を経験することができます。私自身がそうだったように、引退後にスムーズに社会人生活へと馴染むことができる環境が整えられているのは、日本中央競馬会柔道部の魅力だと思いますね。

チームを包む、家族のような一体感

チームを包む、家族のような一体感

柔道部の選手たちは、世田谷区の「馬事公苑」の一角にある独身寮や社宅で生活しています。毎朝6時30分から約1時間の合同トレーニングで1日が始まり、寮母さんが作る食事を頂いてから9時30分に出社。15時に仕事を終えて稽古に向かいます。

稽古は基本的に各選手の母校の大学で行なうのですが、皆がまとまってひとつの大学で練習をする機会も増えています。私が理想としているのは、苦しいとき、辛いときに皆で支え合えるチーム。最大の目標である全日本実業柔道団体対抗大会での優勝へ向けて、選手たちには常日頃から「自分たちは家族だ」と言っています。それぞれ違う大学から集まってきていますが、稽古でも日常生活でも互いに支え合い、協力しながら、本当の家族のような関係を築いてくれていると思います。

また、独身寮や社宅のすぐ隣に体育館と柔道場があり、いつでもトレーニングができる環境が整っていることも日本中央競馬会柔道部の魅力のひとつです。選手たちの意識も非常に高く、夜遅くまで黙々と自主トレーニングに励んでいます。私自身も社宅に住んでいるのですが、部屋でくつろいでいると「ウエイトトレーニングやりたいので付き合ってもらえますか?」と電話がかかってくることもあります。

練習メニューは1週間ごとに選手たちと話し合って決めるのですが、週に1〜2度、必ず取り入れているのが、競走馬用のダートコースを使ったトレーニングです。約1.3kmのコースを走ったり、アップダウンのある障害コースでダッシュしたり、整地用の車の大きなタイヤを引いたり、下半身や体幹を強化するのにとても効果的な練習が行なえます。ダートコースを使ったトレーニングは、私自身も現役時代に経験があり、日本中央競馬会という会社の環境を活かした「伝統の練習メニュー」だと言えますね。

謙虚に取り組む姿勢を重視する指導

謙虚に取り組む姿勢を重視する指導

指導をする上で何よりも大切にしているのは、自分たちは日本中央競馬会という会社で「柔道をさせてもらっている」という謙虚さを自覚させることです。自分は柔道をするためではなく、仕事をするために入社したのだという意識が芽生えれば、きっと一本一本の乱取り稽古に取り組む気持ちや、柔道に対する姿勢も変わってくると思うからです。

同僚の方たちよりも早く仕事を切り上げて稽古に行かせて頂いているのだから、選手たちは真剣に柔道に取り組まなければいけません。当然のことですが、怪我で稽古ができなければ定時まで仕事をさせますし、出社時間に遅れるようであれば朝のトレーニングに出る資格もありません。柔道選手ではなく、ひとりの社会人として誠意を持って取り組んでいる姿を見せられれば、きっと周りの同僚の方も応援して下さると思います。

実際に、日本中央競馬会柔道部の先輩方は、そうした環境の中でオリンピックの金メダリストや世界柔道選手権大会(以下、世界選手権)のチャンピオンになってきたわけです。私は、社会人としてのルールを守った上で、集中して柔道に取り組む意識や姿勢を大切にしたい。選手たちにも「先輩方がやり遂げてきたのだから、君たちにできない理由はない。目標がしっかりとしていれば必ず目標は達成できるんだ」と、常日頃から伝えています。

人間性を磨き、自立した選手を育てたい

人間性を磨き、自立した選手を育てたい

技術面での指導では、自ら状況判断ができる自立した選手に成長させることを心掛けています。畳の上では、指導者のアドバイスを待つのではなく、自分自身で考えて戦わなければなりません。そのため、稽古でもミーティングでも、選手がその練習の意味を理解し、納得するまで時間をかけて説明し、「身体に練り込む」まで徹底的に稽古を続けさせます。

実業団で戦う選手たちはもともと素質を持っているので、意識を変え、ヒントを与え、理解させれば、自分で考えて取り組むようになるものです。私は現在、全日本ジュニアのヘッドコーチもしているのですが、ジュニアの選手たちと接する際にも、この「自立」という部分は強く意識しています。

それと同時に、実業団の選手でもジュニアの選手でも、柔道を通した人間形成という点も重視しています。私は、オリンピックや世界選手権でチャンピオンになるという目標は、あくまで人間形成の先にあるものだと考えていますし、仮に、挨拶もしっかりとできない選手がオリンピックの金メダリストになったところで、何の意味もないと思っています。しっかりと挨拶ができ、お世話になった方に感謝ができ、謙虚な姿勢で柔道に取り組めるようになれば、もともと素質のある選手たちなので、自ずと強くなってくれるはずです。

インタビュー:2013年11月

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