著名な柔道選手インタビュー

  

平岡拓晃1/2

ロンドンオリンピックにて銀メダルを獲得した平岡拓晃選手。
北京オリンピックで経験した悔しさ、ロンドンオリンピックまでの4年間についてお話を伺いました。

4年前の借りを返す場所

4年前の借りを返す場所

4年前に出場した北京オリンピックでは、初戦で負けてしまい、精神的にもいろいろと厳しいものがありました。

あれからの4年間は、「北京の借りを返したい」という意地だけで柔道に取り組んできましたし、昨年の世界柔道選手権大会(パリ)に出場したときも「やはりオリンピックの借りはオリンピックの舞台でしか返せない」と強く感じました。

それだけに、ロンドンオリンピックの銀メダルという結果には悔しさを感じています。

ただ、あの北京オリンピックの悔しさがあったからこそ、ロンドンオリンピックの舞台に立つことができ、そこで表彰台に立つこともできたのだと思っています。

この4年間で柔道に対する意識も大きく変わりました。

ランキング制の導入で試合数が増えたこともあり、できるだけ減量の負担を減らすために食事を改善したり、とにかくオリンピックで勝つために、日常生活と柔道を結び付けて考えるようになりましたね。

なにより、家族ができたことは非常に大きかったです。

食事面のサポートをしてもらえるようになりましたし、子供が生まれたことで「頑張れる材料」が増えました。

まだ小さいので記憶には残っていないと思いますが、ロンドンにも応援に来てくれましたし、娘の存在は柔道生活の面でもすごく有り難い存在になってますね。

あの辛さを思えば…

あの辛さを思えば…

北京オリンピックでは大会前に怪我をしてしまい、満足に練習ができないまま本番を迎えてしまったという苦い経験があります。

自分のなかで「あのときにこの練習ができていれば」という心残りというか、後悔もあったので、ロンドンオリンピックに向けた調整では怪我をしないことを第一に考えました。

厳しい合宿が続くと見えない疲れが溜まって、気を付けていても怪我をしてしまうことがあるので、その部分には本当に気を使いました。

今回の男子柔道代表のなかでは自分が唯一のオリンピック経験者だったので、他の選手にも「怪我に気を付けて日頃の練習を頑張ろう」と自分の経験を伝えました。

練習の内容では、対戦相手を想定した実践的な技の研究など、選手のやりたいことを監督・コーチが快く受け入れて下さったので非常に有り難かったです。

また、メンタル面では調整というよりは、やはり「絶対に借りを返すんだ」という強い思いだけでした。

北京オリンピックで負けて帰国したときにはかなり批判もされたので、「あのときの辛さを思えば」という感じできつい練習にも耐えることができました。

きっと、4年前のあの経験がなければ、今回の銀メダルは獲れていなかっただろうと思います。

辛いことを我慢して心が鍛えられたというか、それ程北京オリンピックでの初戦敗退という事実は、自分にとってすごく大切な経験になっていますね。

長かった初勝利への道のり

長かった初勝利への道のり

ロンドンオリンピック60kg級の試合は初日だったので、男子代表のトップバッターとして「自分が勝って流れを作りたい」という意識はありました。

他の階級の選手にも「俺が流れを作るから」と言っていましたし、同じ最年長の選手として100kg級の穴井隆将選手とは「2人で盛り上げていこう」という話もしていました。

調整も全体として順調に進んでいたのですが、実は試合前計量の15分前に体重が100gオーバー。それでも計量までに無事に落とすことができ、なんとかリミットぎりぎりで試合を迎えました。

1回戦の畳に上がる直前は、「ここに辿り着くまで、本当に長かったなぁ」と思いましたね。

自分のなかでは、北京オリンピックからの4年間は早かったと感じてはいたのですが、実際に畳の前に立つと「やっと帰ってこられたな」って。

もちろんプレッシャーはありましたが、それは責任感の裏返しで良いものと自分は考えていたので、「よし、やってやろう!」という気持ちで試合に向かうことができました。

1回戦の対戦相手は地元イギリスのアシュリー・マケンジー選手で、会場はすごく盛り上がっていて、完全にアウェイの雰囲気。

実際にすごいブーイングも受けました(笑)。

ただ、相手が誰であっても「自分がどのように戦うかが大事だ」という思いで、試合への入り方だけ冷静に考えていました。

結果、巴投げから背負い投げというコンビネーションで一本勝ち。

4年越しのオリンピック初勝利は「長かった」というのが素直な気持ちでした。そして、やはりホッとしました。

「4年前には自分の柔道が全くできなかった」というもどかしさを抱えて4年間を過ごしてきましたので、「やった!」という気持ちよりも安堵感の方が強かったですね。

落ち着いた試合運び

落ち着いた試合運び

2回戦も自分から攻め続ける試合展開になり、「自分の技が出せている」という実感はありました。

開始3分頃の一本背負いは、決まりが浅かったこともあり自分のなかでは「一本はないだろう」と思っていました。

だから判定が一本から技ありになっても、心理的な影響はなかったですね。

すぐに「畳から降りるまでは気持ちを切らさずにいこう」と気持ちを切り替え、相手をしっかりと見て、慌わてて攻めず、自分の柔道に持っていこうと思うことができました。

むしろ、客観的に試合展開を考えられている自分の存在を感じることで、より落ち着いて戦うことができたのだと思います。

2回戦で勝利したときに思ったのは、「まだ2回勝っただけ。徐々に調子を上げていこう」というだけで、次の試合に向けて気持ちを切らさないよう気を引き締めていました。

準々決勝はフランスのミル選手。繰り返し背中を掴みにきていたので自分の柔道が出せず、非常に戦いにくかったですね。

試合が始まってすぐに、「襟も持たせてくれないし、これはてこずるな」と思いました。

お互いに攻め合う一進一退の状況を打開するために、大技ではなく足技から崩そうと考えていたのですが、危ない場面もあり、指導を2つ受けて先に有効を取られる苦しい展開になってしまいました。

そのときに篠原監督の「気持ちだぞ」という声が聞こえて心にスイッチが入り、終了直前に有効を取って延長に持ち込むことができました。

劣勢から追いつく展開、試合が長くなれば相手は絶対バテると考えていたので、延長戦に入ったときは「もうこっちのものだ」と思いましたね。

延長開始直後こそバタつきましたが、剥がれた爪の治療をしている時間に「残り時間のなかでこう攻めよう」と考える余裕ができたので、落ち着いて試合を運ぶことができました。

インタビュー:2012年12月

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