著名な柔道家インタビュー

  

中村淳子1/3

 

コマツ女子柔道部のコーチとして後進の指導にあたる中村淳子先生。ご自身の学生時代のお話から、谷亮子選手との戦いまで、いろいろなお話をお伺いしました。

 

父と通った柔道教室

父と通った柔道教室

私が柔道を始めたのは小学校2年生の秋。私の父が柔道の指導員をしていた「上尾市柔道教室」というところで、2歳上の姉が先に柔道をやっていました。姉の送り迎えをする母について行き、それで私も自然と柔道をするようになったのがキッカケですね。

姉は奇遇ですが、名前が谷亮子さんと同じ「亮子」という字を書くのです。

私が柔道を始めた頃は、まだ女子柔道の人口がたくさんいたというわけではありません。

ですので、私の通っていた道場の女の子は大半が先生のお子さん達でした(笑)。

父の仕事が終わってから、一緒に道場に行き練習。柔道を始めた小さい頃は、遊びの延長ではないのですが、通っていた柔道教室がのびのびと教える道場だったため、練習自体は、始めの30分は遊びを取り入れた基礎的な運動を行なっていました。

あとは、寝技や立ち技の基本練習、乱取り練習を30分程行なって終わるくらいの内容で、まったく厳しい道場ではありませんでした。また、私自身、身体も小さく痩せていたので、ほとんど試合で勝った記憶がないのです。

父も柔道の厳しさを分かっていたので、柔道に関しては、ほとんど干渉することもなく、負けても怒られたことはありませんでした。

女の子で、まだ小さいし、力がないので、「のんびりやりなさい」といった感じの父でしたが、同級生の女の子と切磋琢磨しながら、頑張って練習をしていました。

軟式テニス部に入部した中学時代

軟式テニス部に入部した中学時代

進学した中学校には柔道部がありませんでした。

進学したら何か部活をしたいと、色々部活見学をしていたときに、軟式テニス部の先輩達が着ているスコートという短いスカート姿が目に入り、その姿が可愛かったので、軟式テニス部に入部することに決めました。

軟式テニス部は、市内でもかなり強く県大会にも出場する程で、部員数も多くすごく活気がありましたね。

私は走るのが速かったので、ダブルスの後衛を任されており、市の大会で優勝することができましたが、さすがに県大会となると強豪が多く、2〜3回戦を勝ち上がるのが精一杯で上位に行くことができませんでした。

一方、その頃の柔道の練習は週に2〜3回、テニス部の練習後に上尾市柔道教室へ通っておりました。

中学校卒業後、埼玉県立上尾高等学校に進学する時点で、テニスをやるか柔道をやるかで悩んだことがあったのですが、中学校3年生の夏に軟式テニス部を引退。そのときに柔道の練習を行なう時間が増えたので、自然と柔道にのめり込んでいきました。

先に高校へ進学した姉が、柔道で県大会や全国大会に出場し、活躍していたことも刺激になりましたね。

また、父に「柔道はオリンピックの競技種目としてあるが、軟式テニスは競技種目にないぞ」と言われ、背中を押されたように柔道を選択しました(笑)。

選択に迷った高校進学

選択に迷った高校進学

埼玉県には柔道の強豪である埼玉栄高校がありますが、高校に進学するときに、上尾高校のどちらに進学するか迷いました。

中学校時代に埼玉栄高校女子柔道部の本松好正監督が熱心に誘いに来て下さいました。

上尾市柔道教室に通っていた同級生は二人とも埼玉栄高校に進学しましたが、私は自分で勉強し高校受験を経て進学したいという思いがあったこと、また、上尾高校の柔道部には、東海大学出身の駒井清民先生が指導されており、少人数ながらもものすごく熱心に指導されていたので、上尾高校へ進学することに決めました。

埼玉栄高校に進学していたら、違う出会いがあったのかも知れませんし、私にとっては良かったのかも知れません。

しかし、少人数だからこそ、先生に初心者と同じように丁寧に柔道を指導して頂いたお陰で、原点にかえることができました。今思うと、上尾高校を選択したことは、私にとって合っていたのではないかと思います。

全国大会でベスト8に進出した一年目

全国大会でベスト8に進出した一年目

高校一年のときに駒井先生とお話し、まず県大会を優勝し、全国高等学校柔道選手権大会に出場することを目標に掲げておりました。

進学前は茶帯だったので、慌てて黒帯を取りに行きました。体重も38kgしかないガリガリだったので、「まず君は頑張って体重を40kgにすること」と先生に言われた程、実力も体力もない選手でしたが、高校一年で、目標にしていた県大会で優勝、全国高等学校柔道選手権大会に出場し、ベスト8まで勝ち進むことができました。

そして、大会を終えた頃、駒井先生が4月より別の学校に転任することを知りました。

先生に指導して頂きたく上尾高校を選んで入学したのですが、一年しか練習を見てもらえず二年目以降どうしていいのか分からなくなり、ショックと不安で大泣きしてしまいました。

目標の優勝を達成した二年目

目標の優勝を達成した二年目

二年目以降は、物理の先生が柔道の顧問となり活動をしていましたが、駒井先生が新しく赴任された学校に週に1〜2回出稽古に行っていました。

あとは先生が転任する前に頂いていたトレーニングメニューを部員全員で頑張って続け、練習していました。

また、埼玉栄高校にも出稽古に行かせて頂きました。私は進学のときに本松監督からのお誘いをお断りしていた経緯があったのですが、本松監督が事情を知り「いくらでも埼玉栄に練習においで」と温かい声を掛けて頂いたので、授業が終わってから、大宮まで自転車で片道50分の距離を通いました。

それ以外は、学校の練習が終わったあとに上尾市柔道教室で、父と一緒に打込みや、走り込みをしていましたね。また、毎日学校や、道場へは重い荷物を背負い、走って通いました。

自分でできることを探してやり続けたことにより、2年目の目標に掲げていた「全国高等学校柔道選手権大会で優勝」を達成することができました。

 

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